ダズビー『orbit』レビュー 感情を学ぶ少女の星、めぐりめぐる恋の軌道

ダズビー『orbit』レビュー 感情を学ぶ少女の星、めぐりめぐる恋の軌道
ダズビー『orbit』レビュー 感情を学ぶ少女の星、めぐりめぐる恋の軌道
女性アーティストとして活躍するダズビーさん。韓国出身で、日本のポップカルチャーに親しみ、2011年からYouTubeにカバーやオリジナル楽曲を投稿し始め、現在チャンネル登録者数は、およそ120万人に上る。

その彼女の1stアルバム『orbit』が、9月27日(水)にリリースされた。 同じく韓国で音楽ライターとして活動してきた筆者・万能初歩による、ダズビーさん本人への取材を通した、『orbit』の音楽性を紐解くレビューとなる。

目次

ダズビー『orbit』という星を訪ねた記録

とある孤独な星で、森羅万象が記された図書館をかけまわる、少女の名前はダズビー。孤独な星の住人は、書架の間にうずくまって、人間の感情を学んでいく──

これまでの活動を通して、アーティストのダズビーさんが示してきたそうした世界観は、『orbit』という作品群を貫く道標となっている。

筆者がその星を初めて目にしたのはいつのことだったか。確か、韓国の学校で思春期のど真ん中を過ごしていた頃だったと思う。

その頃、韓国でJ-POPに触れる手段は主にYouTubeのカバー動画が中心で、それを通してボカロやアニソン、ポップソングまで聴くことができた。

ダズビーさんもその架け橋となってくれた一人だった。カバー曲やオリジナル曲など、いろんな楽曲をものすごい熱量で投稿してきたクリエイターで、ハスキーで清らかな声質を通して繊細な感性を備えたパフォーマンスの持ち主。

数えきれないほどの曲の中でも、本人含め7人の歌唱者が12分間ミュージカルを繰り広げる「Alice in Musicland」や、逆にピアノ一本で弾む「水流のロック」のカバーなどが深く印象に残っている。

これは、ダズビーさんの案内のもとで、その星を訪ねた記録──『orbit』レビューだ。

極めて高い水準で表現される、恋愛のネガティブな一面

DAZBEE(ダズビー) 'Angel’s Fake' Special Talk - YouTube Music Weekend 7.0

軌道(orbit)というのは何かから離れられず、ずっと周りで回っているイメージじゃないですか。それがなんか、上手くいかない恋に似ていると思ったんですよ。 2023年「YouTube Music Weekend」より

ダズビーさんは、2023年の「YouTube Music Weekend」でこう語った。アルバム『orbit』のテーマは、片思い、孤独、嫉妬、別れのような「恋愛のネガティブな一面」である。
다즈비 (DAZBEE) | ‘オセロ (Othello)’ M/V
アルバムは、冒頭からクライマックスを迎える。『orbit』のリード曲「オセロ」は、ダズビーさんが発表したメジャー・オリジナル楽曲の中でも、最も際立っている。

力強いギターのストロークとレトロゲームのようなチップチューンサウンドがせめぎ合う中、シンコペーションのアクセントに詰めた韻律で、リズムの主導権がボーカルに渡っていく。

歌詞も素晴らしい。オセロゲームになぞらえた「正も悪も さぁ隣に従ってくんで」のような比喩的なリリックは、運命に流されてしまう無力感と、それでも関係をはっきりさせたい焦燥感を同時に表す。

リズミカルな口語体、「嫌いならいっそライン引いて消したらいい?」など語呂を埋め込む言葉のあや、「繰り返す、繰り返す」の言葉のごとく小節をリフレインする工夫も面白い。

多彩な要素が詰まってもいるが、息を溜めるような歌声が滑らかに乗ることで、力みすぎず脱力しすぎず、緊張感のあるパワーバランスを保つ

『orbit』には、マイナーキー(短調)による打ち込み音楽が多めに収録されている。それを踏まえると「オセロ」はアルバムにおけるテーマを象徴する絶好調のスタートで、2023年の主要なJ-POPアルバムの中でも、極めて優れたオープニング・トラックのうちに入るはずだ。

繊細なビートと歌詞、歌唱で表現された、ゆらめき

『orbit』初回限定盤イラスト

続く「愛じゃない」から「シュガーコート」まで先行シングルが並ぶ一連の流れは、アルバムに集められることでさらに力を増す。その前後の新曲を含めて、これらは全て、「恋愛のネガティブな一面」というテーマをさまざまな角度から描いているからだ。

嫉妬、別れ、執着、孤独感…。芽生えてしまった恋によって苦しむ感情のゆらめきを、繊細な手法で表している。

歌に込めた感情のディテールの描写にこだわりました。

ダズビーさんは、今回の執筆にあたっての筆者の取材に対して、こう答えている。

愛じゃない」の寂しげなラップは、シャイに語尾を濁すような表現で細かい感情の揺れを表す。

続いて、ミニマルなダンスビートを用いた「アディオス」がベースをドロップした後に上方向に弾けるサビの対比でサスペンスを演出するところも注目どころで、「Angel’s Fake」では「実は待ってるの、赦しはしないが」と、たった一行で矛盾する感情を表す絶妙なリリックに仕上がっている。
DAZBEE (ダズビー) | ‘Angel’s Fake’ M/V
まさに砂嵐のようなロックサウンドが響く「砂嵐」は、その向こうに去ってしまった“縁”の意味を見出そうとする。

糖衣剤(sugar-coat)のように整ったダンス・リズムに、逆再生や不協和音のような“毒”が仕込まれる「シュガーコート」は、さりげないふりをして狂気に浸る。細かい感情の揺らぎが不意打ちする瞬間だ。

そして救いを求めるバラード曲「口笛で愛は歌えない」の後、一連の切ない恋の断章をめぐる果てで、物語は急な転機を迎える。

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