明治時代、「黒いダイヤ」と言われた筑豊炭田の石炭や八幡製鐵所(やはたせいてつしょ)を中心とした鉄鋼業で、日本の近代産業の発展と戦後の復興をいち早く成し遂げ、また日本の高度成長を支えてきた。
だが多くの人がイメージするのは、ネットでも揶揄される「修羅の国」という言葉ではないだろうか。
工業地帯であることからの環境汚染のイメージ(北九州市のイメージカラーを聞くと、灰色と言われることが多々あるそうだ)、大規模暴力団の存在や派手な成人式を強調する報道は、これまで北九州市という地域の本来の姿を覆い隠してきた。
実際、10代までの時間を同じ九州で過ごしてきた筆者も、福岡には度々足を運びながら、博多から少しばかり離れた北九州市には少なからず「荒れている」という印象を抱いていた。
そして、北九州市がかつての深刻な公害問題を克服し、現在では環境分野での先進的取り組みが国内外で高く評価されていること、また、長年の懸案となっていた治安の改善も目覚しいこと。次世代育成環境ランキングでは政令指定都市で6年連続1位、また2018年には全国でもっとも住みたい地方都市1位に選ばれるなど、街は大きな変化の中にあるということ。そんなことなど、知りもしなかったのだ。
今回、そんな北九州市の地を巡ってもらうのが、シンガーソングライターであるぼくのりりっくのぼうよみ(以下ぼくりり)さんだ。
地元や自身のルーツであるネットをレペゼンすることなく特定の領域に縛られないため、実体が掴めそうで掴めない、土着的文化の色濃い北九州市とは一見対極にありそうなアーティストだ。また、つい1ヶ月前に20歳を迎えた新成人でもある。
城下町、工業地帯、国際貿易の拠点、豊かな海産物など多様なバックグラウンドをもち、ネット上の風評に抗い再び奇跡の復活を遂げつつある北九州市と交わったぼくりりさんは、一体なにを感じるのだろうか。2日間、ともに北九州市の本当の魅力を探索した。
取材・文:和田拓也 撮影:山口雄太郎 編集:新見直 協力:ぼくのりりっくのぼうよみ/北九州市
「最高の旅」の予感に胸膨らませながら、小倉に降り立つ
快晴の北九州市に降り立ち、工業地帯の風景を遠くに眺めながら空港からバスで走ること約30分、最初にやってきたのは小倉駅だ。「北九州市はツアーで福岡に来たときに、宿泊場所として来たことがあるんですけど、ゆっくり回ったことはありません。食べることが『自分カースト』の中でもっとも高いので、今回は北九州グルメを一番楽しみにしています!」とぼくりりさん。
活気あふれる北九州市の台所。色濃く残る昭和の風情
小倉城の城下町であった北九州市には、魚町、米町、馬借、船場町、鍛冶町、紺屋町など、当時商いごとに区切られた町名がいまでも多く存在する。なかでも、北九州市随一の繁華街で、アーケード商店街発祥の地でもあるのが魚町だ。江戸時代、玄界灘で獲れた魚が荷揚げされていたこの町は、古くから「北九州市の台所」といわれている。
小倉駅からすぐの魚町入り口には、創業1950年のパン屋「シロヤベーカリー」。ほとんどのパンが100円以下。特に練乳がぎっしり詰め込まれているサニーパン(90円)はちょうどいいサイズ感で、地元民のソウルフードとして長年親しまれている。パンの表面も甘い練乳で包まれており、指先に残った懐かしい甘さまで堪能してほしい。
水上にひしめき合う「旦過市場」
神嶽川(かんたけがわ)を通る船が魚を荷揚げしたことから、このような形の市場が自然に形成されたそうだ。
ぼくりり「室外機がめちゃくちゃかっこいい...。攻殻機動隊のような、サイバーパンクの世界観ですね」
政令指定都市の中で「物価の安さNo.1」は伊達じゃない
あまりの美味しさに、余ったカナッペも平らげたぼくりりさん
ぼくりり「胡椒がピリっときいてますね。食感もすり身とは思えないほど、信じられないくらいふわふわしてます!」
市場の海産物で自分だけの丼をつくれる「大學堂」
次に立ち寄ったのは、旦過市場の超人気店「大學堂」だ。北九州市立大学の大学生と市民、市場がタッグを組んで運営しており、学生自身が店に立って自分たちの考案したメニューが並ぶ。「どっからきたとね?東京ね? うまいもんいっぱい食べていき!」と、フランクに話しかけてくれる
市場で購入した海産物を、せっせとご飯に盛り付けていくぼくりりさん。まだ口にしていないのに、すでに満面の笑み
玄界灘産のうにをはじめ、ブリ、イカ、サワラ、イカ、赤貝...など米が見えないくらいに盛り、どれだけ盛れるかスタッフに対抗意識を燃やす。「ごはんが見えない!!」
明治・大正の浪漫残る、かつての貿易拠点「門司港」
かつて石炭などを扱う国の特別輸出港に指定され、日本のエネルギー産業を支える重要な国際貿易港だった門司港。いまだに残るレトロな街並みは「門司港レトロ」として観光名所に。JR門司港駅は国の重要文化財に指定されている
「陽のあたる場所」で焼きカレー
ぼくりりさんが堪能した次なる北九州市グルメは、門司港発祥といわれる焼きカレー。訪れたのは門司港名物の焼きカレーフェアでグランプリも獲得した、20年以上続くレストラン「陽のあたる場所」だ。我慢できず、まさかのハンバーグと焼きカレー両方を食すぼくりりさん
(左)三井物産の社交倶楽部としてつくられた「旧門司三井倶楽部」/(右)門司港が誇る歴史的料亭「三宜楼」
「旧門司三井倶楽部」はかつてアインシュタインも宿泊。現在、国の重要文化財に
賃貸を見るのが最近の趣味というぼくりりさん。北九州の家賃の安さ(政令指定都市1!)に、早くも移住を検討?
太古の大地の足跡と、幻想的な自然が溢れる場所
日本三大カルスト台地「平尾台」の絶景
「北九州市のいいところは、都市と田舎のいいとこどりをした、ほど良さ」。北九州市職員の石川さんと森井さんは口を揃えて話す。日本三大カルスト台地のひとつにも数えられる「平尾台」は、その田舎の良さが凝縮された場所だ。カルスト台地とは、石灰岩でできた地形のことをいう。
古代に珊瑚礁として形成されたという広大な台地と、無数に立ち並ぶピナクル(石灰岩の露石)が、車で向かった一向の目の前に広がる。これまでの工業地帯のイメージや、さらに小倉駅から約30分の位置にあることから、驚きはより大きかった。
景観維持や害虫駆除、林野火災の防止の観点から、2月末に野焼きされたばかり。植物が育つと緑が鮮やかに広がり、羊が放牧されているように見えることから、「羊群原(ようぐんばる)」と呼ばれる
特撮などの舞台として利用されることも多いという
文句なしの天然記念物「千仏鍾乳洞」
さらに山の奥まで進むと、千仏鍾乳洞(せんぶつしょうにゅうどう)がある。何万年もかけて自然が形成した鍾乳石と肌に触れるひんやりとした空気は、まさに日本の歴史と神秘を感じさせてくれる。鍾乳洞は初体験だというぼくりりさんも、興奮して突き進んでいく。
千仏鍾乳洞の入り口は、大小30余りの鍾乳石が垂れ下がる大偉観
中盤からは水に足を浸して進む。水は足が凍ってしまうかというほど冷たく、しかしより岩の肌理が冴えて幻想的になっていく。
鍾乳洞は約900メートルに渡って延び、地表から染みこんだ水でできた地下川が流れる。一行が訪問した3月は、肌を刺すような水の冷たさだった
膝上程度しかない「地獄トンネル」をくぐるには、冷水に下半身を沈める必要がある。その先には「第1の滝」が
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和田拓也
Editor / Writer
1986年生まれ。サッカーメディア「DEAR Magazine」を運営する傍ら、「HEAPS Magazine」などWeb媒体を中心に執筆・編集を行っている。ストリートやカウンターカルチャーが好きです。
Twitter: @theurbanair
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SIte: http://dearfootball.net
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山口雄太郎
Photographer
1987年長野県生まれ。
神田外語大学外国語学部国際コミュニケーション学科卒業。2010年ナショナルジオグラフィック国際写真コンテスト風景部門優秀賞、2015年上野彦馬賞入選、2014年・2017年清里フォトアートミュージアムヤングポートフォリオ作品収蔵。
http://www.yutaro-yamaguchi.com/
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1件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:1829)
いかんばい