新人が筒井康隆のラノベ続編を無断で書いて受賞!? 編集者が語る前代未聞の裏話

新人が筒井康隆のラノベ続編を無断で書いて受賞!? 編集者が語る前代未聞の裏話
新人が筒井康隆のラノベ続編を無断で書いて受賞!? 編集者が語る前代未聞の裏話

筒城灯士郎『ビアンカ・オーバーステップ』(星海社FICTIONS)

日本におけるSF作家というと、誰を思い浮かべるだろうか?

星新一、小松左京、田中芳樹、伊藤計劃、円城塔、冲方丁‎──日本のSFはその歴史も長く、代表的な作家が何人もいる。

ただそんな中で、やはり筒井康隆の存在は欠かすことはできないし、多くの人が思い浮かべることだろう。

幾度も映像化されて国民的な知名度を誇る『時をかける少女』はじめ、擬人化された文房具たちの奇妙な宇宙紀行を描く『虚航船団』や使っていい文字が1章ごとに1文字ずつ減っていく『残像に口紅を』など、数々の実験的な作品を生み出してきた。

齢80歳を迎えた筒井康隆さんだが、2015年に自ら「最後の長編」と銘打った『モナドの領域』を刊行。過去にも断筆宣言を行ったことがあった筒井康隆さんだが、今度こそもう新作を望むことはできないのではないか、とファンの間で話題となっていた。

しかし2017年、筒井康隆さんが残した唯一のライトノベル『ビアンカ・オーバースタディ』の続編である『ビアンカ・オーバーステップ』が刊行されることとなったのだ(※筒井さん自身は『時をかける少女』もラノベみたいなものだ、と言っている)。

筒井康隆『ビアンカ・オーバースタディ』(角川文庫)

『ビアンカ・オーバースタディ』は、2012年に星海社から刊行された小説。だが、続編となる『ビアンカ・オーバーステップ』の著者名を見ると筒井康隆さんではなく、作者は筒城灯士郎という人物。

原作者の筒井康隆に許可を取らずに勝手に書き上げられた続編

なんと、筒井康隆さんの了承を取らずに赤の他人が勝手に続編を書き上げて「第18回星海社FICTIONS新人賞」に投稿された作品にも関わらず、それを踏まえた上で星海社の編集者が受賞させたという。

受賞後、正式に筒井康隆さんご本人から許可を得て、筒井康隆を意識したようなペンネームの「筒城灯士郎」さん名義で、ついに3月15日に刊行に至った。しかもイラストも、前作に引き続き『涼宮ハルヒの憂鬱』や『灼眼のシャナ』のイラストで知られるいとうのいぢさんが手がけている。

日本を代表するSF作家の続編でデビューする新人。それも、勝手に投稿した続編で新人賞を受賞して刊行されるという、前代未聞づくしの筒城灯士郎さんの『ビアンカ・オーバーステップ』。SF好きならずとも、注目を集めている。

しかし、ここに、いくつかの疑問が残る。まず、あらゆる手法で「虚構」を描き続けてきた筒井康隆さんなら、新人作家を装って本人が新人賞に応募しかねないということが1点。また、もし本当に筒城灯士郎さんが新人作家であるなら、本人の許諾をとっていない「続編」になぜ賞を与えたのか? という問題だ。

実は、『ビアンカ・オーバースタディ』のあとがきに、今回の伏線は張られていた。

そのあとがきは、舞城王太郎さんや西尾維新さんといった小説家を何人もデビューさせてきた名物編集者として知られる太田克史さんを繰り返し叱責する「太田が悪い」という耳に残るフレーズから一部で話題になったのだが、そこで筒井康隆さん自身が「誰か続篇を書いてはくれまいか」と綴っているのだ(外部リンク) 。

この事実を知っていてなお、筒井康隆さんと星海社による、作品を売るための巧妙な設定づくりに思えてならなかったので(筒井さんや星海社ならやりかねない)、実際に星海社で『ビアンカ・オーバーステップ』担当編集者の石川詩悠(いしかわ・しゅう)さんにメールインタビューを行った。

「筒井康隆さんご本人ではないということで間違いありません」

──今回の『ビアンカ・オーバースタディ』の続編『ビアンカ・オーバーステップ』ですが、そもそも、本当に出来レースではなく、編集部もまったく与かり知らない中での投稿だったのでしょうか?

石川詩悠さん(以下、石川) はい。働きかけや裏での手回しなどまったくないところに、突然〈星海社FICTIONS新人賞〉へのご投稿がありました。

──野暮な質問ではありますが、本当に「筒井康隆さんご本人ではない」ということで間違いありませんか? 「実は本人の自作自演だった」というのも「筒井康隆らしい」悪戯心だと思いますが、編集部は「ご本人ではない」という確証を持っているのでしょうか?

石川 筒井康隆さんご本人ではないということで間違いありません。編集長の太田と私がそれぞれ関西でお会いしたあの青年こそが筒城灯士郎さんであると認識しております。

何より、仮に筒井さんご本人から原稿をいただけたのだとすれば、「これこそが真の〈最後の長篇〉だ」などと言って売り出したほうが確実な売上が見込めるに決まっているので、たとえ太田が悪くなってもそうしています。 ──この続編の無断投稿は、やはり筒井康隆さんご自身のあとがきを読んだのがきっかけだったのでしょうか?

「この作品も続篇を書きたいところだが、あいにくわしはもう七十七歳でこれを喜寿というのだが、喜ばしくないことにはもう根気がなくなってきている。「ビアンカ・オーバーステップ」というタイトルのアイディアがあるから、誰か続篇を書いてはくれまいか」『ビアンカ・オーバースタディ』あとがきより

石川 筒城さんからはそう聞いております。『ビアンカ・オーバーステップ』のあとがきにも経緯が書いてありますので、ぜひご購入のうえお確かめください。

──本人の後書きがあったとは言え、勝手に投稿された続編に賞をあげるのはリスクもあると思うのですが、どうしてその判断を下したのでしょうか?

石川 〈星海社FICTIONS新人賞〉では、すべての投稿作品を星海社の編集者が下読みし、そのうえで選考座談会を実施し、各作品への講評や授賞の決定などをおこなっています。『ビアンカ・オーバーステップ』の場合、下読みにあたった石川が魅了されて座談会の俎上に上げ、実力・おもしろさには全員が唸らざるをえませんでした。

しかし、ものがものだけに処遇については喧々囂々の議論があり、最終的には「受賞は決定」「ただし、筒井さんのご承諾をいただけなければ刊行はしない」という結論に落ち着きました。詳細は座談会の模様(外部リンク)をご覧ください。

──筒井康隆さんに怒りを買うかも、という可能性は考えなかったのでしょうか?

石川 筒井さんならきっとおもしろがってくださるはずだと思いました。

──続編では妹が主人公とのことですが、完全に前作と地続きの世界観なのでしょうか?

石川 『ビアンカ・オーバースタディ』を前提にした続篇です。「完全に地続きの世界観」という概念は、そもそも『ビアンカ・オーバースタディ』『ビアンカ・オーバーステップ』においては意味をなさないとも思いますが……。もちろん、『ビアンカ・オーバーステップ』単体でもお楽しみいただけます。

やっぱり「太田が悪い」?

──作風は、筒井康隆さんを意識されたものなのでしょうか? メタ視点・SFの素養が必要、という意見も出ていましたが。

石川 もちろん、筒井さんを意識されている部分はあると思います。何しろ続篇ですから。メタ要素もありますし、SF好きならわかる仕掛けなども満載ですが、「筒井康隆」「メタ」「SF」、それから「百合」や「おねショタ」……そういった要素を内包したうえで、エンタテインメントとして多くの方へと開かれている作品です。

──ペンネームはやはり筒井康隆さんを意識されているのでしょうか? もし本当に別人だとすると、あまりに意識されすぎていて、今後の活動に差し支えないのでしょうか?

石川 筒井さんから一字拝領として「筒」の字を頂戴しペンネームとしました。出発点が筒井作品の続篇だった、ということを刻む意味ではいいのではないでしょうか。「今後の活動に差し支える」という心配をされないためにも、筒城さんの次なる傑作をお待ちしているところです。

──今回の刊行について、筒井康隆さんは、どうおっしゃられているのでしょうか? 座談会でおっしゃっていた通り、編集長の太田さんは土下座をされたのでしょうか?

石川 「これなら大丈夫だろうと思い、星海社の連中を信じて出版を許可した」と日記に書いていらっしゃいます(外部リンク)。太田が土下座するまでもなく、二つ返事でご快諾いただきました。嬉しい半面、太田の土下座を見られなくて残念でした。

──最後に、今回も「太田が悪い」ということでよろしいのでしょうか?

石川 はい。

※03.18.12:00 記事初出時、一部の書籍名に誤りがございました。お詫びして訂正いたします

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