アニメで蘇るヒーローの物語──湯浅政明が語る松本大洋の『ピンポン』

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青春スポ根ヒーロー物語

(c) 松本大洋・小学館/アニメ「ピンポン」製作委員会

──原作の『ピンポン』は、どんなジャンルの作品として読まれていたのでしょうか?

湯浅 はじめは「青春モノ」として読んでいました。でも、松本さんは「スポ根マンガですよ」と言っていて、「なるほど」と思いました。

原作には、一見スポ根と感じさせないポエティックさと言うか、クールさがあるんですよね。でもアニメにするなら原作ではやらなかった表現をしても良いと思うので、そこはもっとわかりやすく描くつもりです。

──そもそも、スポーツが題材になる作品は初めて監督されますよね?

湯浅 監督作品としては初めてですね。自分自身はスポーツに打ち込んだ経験がありませんが、小学生の頃に描いていたマンガは野球マンガだったし、サッカーも見ていると描いてみたくなるし、スポーツものに対する興味はありました。特に命の危険が迫っているわけでもないのに、目の前にある勝負に懸ける気持ちっていうのはわかる気がするんです。

『ピンポン』はまさにそういう物語で、卓球に懸ける人もいるし、そうじゃない人もいて、それぞれのドラマがそこにあります。その中でも特に重要なのがスマイルとペコの関係を巡る「ヒーロー物語」であって、それを「卓球」を使った図式で上手く表現できればいいのかなと思います。

──青春モノであり、スポ根でもありつつ、ヒーロー物語にもなっていると。

湯浅 そうですね。そこは原作よりも強くというか、絵としてもわかりやすいヒーロー像を見せたいですね。

初期のアイデアとして、暴走する「スマイルロボ」と、それを止めるヒーローのペコ、という設定がありました。ロボット対ヒーローという組み合わせが少年漫画の王道っぽくて、わかりやすいかなと思ったりして。

このスマイルロボは、スマイルの心が具現化したようなもので。同級生にちょっかいを出され続けて、溜まりに溜まったスマイルのストレスが爆発してしまうんですね。本当は周りのことを気にするタイプなんだけど、もう吹っ切れちゃって、いろんなものを壊していく。

でもそれを止めることができるのは、ペコしかいない。彼は子どもみたいに、何でも吸収するスポンジのように物を覚えて、しかもそれを楽しんでやれる、普通の人とは全然違う才能をもったヒーローなんですよね。それはもうあるレベルを超越しているので、みんなからは才能に気付かれなかったのかな、という解釈です。

だからペコだけが唯一スマイルと、遊びながら超次元で卓球ができるという。スマイルも楽しく卓球ができることを望んでいて、それを最終戦でやることによって、憑き物が落ちたみたいにスマイルは人に優しくなれる。

こんな風に考えると、『ピンポン』のストーリーが理解しやすいなと思ったんです。 ──制作状況としては、今どんな作業をされているんですか?

湯浅 今回は脚本を書かずに絵コンテから描き始めていて、そこでセリフなども決めています。しっかりした原作があるので、1人で監督もやるなら、脚本から起こさなくても大丈夫だろうと思ってやってみました。修正する時がちょっと大変なんですが……(笑)。

文章と絵がそれぞれできる表現は、人によって方法論が違うので、脚本と絵コンテでニュアンスが変わる場合があるんですよね。今回はそれを同時に行っているような感覚なので、上手くシンクロして展開できているんじゃないかなと思います。

──その絵コンテは、原作を見ながら描いていくんですか?

湯浅 そうです。原作は机の上に常に置いてあります。よく読むと、どのコマも本当に良くできているんですよね。広角のレイアウトもかっこいいし、決め台詞の時にアップになるとか、ほかの状況の絵を一瞬挟むところとかはコマ割りで出来ていたり。いっそコマ割りを変えない方がいいんじゃないかと思うところもあって。良いと思ったコマは活かしてそのまま使う事もありますね。

原作で好きなカット割りがコンテにもハマると気持ちいいし、逆に、原作にないシーンが上手くまとめられた時も楽しいです。取材の成果もどんどん盛り込んでいくので、卓球のシーンも細かいところまで楽しんでもらえると思います(笑)。

「こうなりたいんだ!」を突き通している感じが良い

(c) 松本大洋・小学館/アニメ「ピンポン」製作委員会

──ちなみに、湯浅監督が一番共感するキャラクターは誰ですか?

湯浅 やっぱり最初に感情移入してしまうのは、アクマですかね。一生懸命やっているのになんで俺はできないんだ、みたいな報われない感じですよね。2回目のインターハイ予選の会場でドラゴンと会話した後の「少し泣く」のシーンも好きなんです。

次に気になるのはドラゴン。彼はまだまだ奥が深いなと思っているんです。彼があそこまで一生懸命に卓球をやっている理由は、原作の中ではあまり描かれていません。常に団体のことを考えていて、個人よりもチームを強くしたいと思っている。じゃあ、なんでチームを強くしたいと思っているんだろう……こんな風に気になっていって、キャラクターを掘り下げ、理解していきました。

──ペコとスマイルについてはどう感じていますか?

湯浅 実は、最初はペコには全然興味が湧かなかったんです。負けていく人、才能がない人の方が興味があって。

でもやっぱりペコって良いんですよね。彼は本当に単純で、好きなことだけをやっている。理屈で「ああしなければダメ」「こうしなければダメ」と言われる世の中で、全くそれに縛られていない人です。最終的には彼も努力はしますが。

対してスマイルは、全部計算と理屈でできているタイプの才能の持ち主ですよね。そんなスマイルを、理屈にはまらないペコがなんだかすごい勢いであっさり覆してしまうのって、おもしろいと思うんですよ。そんなところに、今見るドラマとしての価値も感じます。

──18年前の作品を今改めてつくる意味というのも、そんなところにあるのでしょうか。

湯浅 「今こういう状況だから、こうしたほうがいい」よりも、「こうなりたいんだ!」という気持ちを突き通している感じが良いですよね。最初にビジョンあり、理屈は後から付いてくる、みたいな。みんなそれぞれの才能を持っていて、それぞれの立場からアプローチをしているんですが、そのどれもがみんな良いんですよね。みんな共感できる。

ペコみたいになれたらいいんでしょうけど、まずなれないなって思います。だからといって他のキャラクターがダメというわけではなくて、結局のところ、みんなかっこいいんです。負ける人がダメなんじゃなくて、負けてもかっこいい人。それぞれの負け様みたいなところもこだわって描いていきたいですね。

文:たかはしさとみ
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湯浅政明

アニメーション監督

1965年生まれ、福岡県出身。アニメーターから演出を経た後、アニメーション監督として活躍。初監督作『マインド・ゲーム』(2004)と、TVアニメ『四畳半神話大系』(2010)で、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞。2014年4月より、フジテレビ「ノイタミナ」ほかにて『ピンポン』放送予定。

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