最も先鋭的でカオスな音楽家 Oneohtrix Point Neverトークセッションレポート

  • 0
最も先鋭的でカオスな音楽家 Oneohtrix Point Neverトークセッションレポート
最も先鋭的でカオスな音楽家 Oneohtrix Point Neverトークセッションレポート

Oneohtrix Point Never(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)ことダニエル・ロパティンさん

POPなポイントを3行で

  • 最前線の音楽家Oneohtrix Point Neverが渋谷でトークセッション
  • アート、ビジュアルとあらゆる表現が混ざった最新のライブを語る
  • 水口哲也らゲームデザイナーやSF作家の視点で彼らの謎を解く
電子音楽の最前線として注目されるミュージシャン・Oneohtrix Point Never(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー 以下、OPN)のダニエル・ロパティンさん。あらゆる形態の音楽を題材とする彼は、カオスとも整然とも評され、どのような存在なのか、いつも判断を戸惑わせる。

その特異性は音楽のみならず、アート、映像、果てはSF小説といった多角的な要因によって成立している。5月に最新アルバムを『Age of』をリリ-スし、彼は現在、世界各地で最新のライブ「M.Y.R.I.A.D.」(ミリアド)を披露。
Oneohtrix Point Never - MYRIAD
公演の随所に、彼の特異性が現れており、4つのテーマに伴う物語性を持ったオペラのようなパフォーマンスだ。

ライブ中、音楽にアートのインスタレーションに近い空間表現や映像たちが絡み合う。まさにカオスと整然いずれの枠にも収まらない、OPNの幅広い世界観を表現している。

9月12日、日本でも渋谷O-EASTで「M.Y.R.I.A.D.」を披露。翌13日に、同じく渋谷のCASE Wで開催された「音と視覚のさまよえる宇宙」をテーマにしたトークセッション「trialog vol.3」(トライアログ)にゲスト出演。

ライブに関わった映像作家に加え、ゲームデザイナー、SF作家など日本の各界の識者と語り合いながら、3つのセッションを通じて、OPNの先鋭的な音楽性を解き明かす中で、徐々にその「整然としたカオス」の実態が見えてきた。

取材・文:葛西祝

カオスな映像と音楽の関係性の謎

ネイト・ボイスさん

セッション1ではOPNのライブセットをはじめ、映像に関わるネイト・ボイスさんを中心に「視覚と聴覚」の関係性を問いかけるトークが展開。

聞き手にはソニー・ミュージックコミュニケーションズのプランナー・浅川哲郎さんと、『Rez』『スペースチャンネル5』を代表作とするゲームデザイナー・水口哲也さんの2人。

映像と音楽を突き詰めてきた人物が、OPNのカオスを構成する一要素・映像面を解き明かしていった。

浅川哲郎さん

水口哲也さん

セッションの開幕は「東京へ来るのはたぶん……4回目なんです」というネイトさんが感じた東京の印象から。彼が来日経験について話し始めると、浅川さんから「視覚的に見て、東京という街がどう映るのか?」と質問が飛んだ。

ネイトさんは「アメリカにはない、幾何学的な建築物や構造が特徴だと思います。それは私自身のクリエイティブの糧となっています」と説明した。

すると水口さんも同じ質問に答える。

視覚的な部分で言うと、密集度が高いカオス感。特にコントラストを感じますね。すごく古い狭い路地のある街並みとビル群とのコントラスト。時間が交錯するような印象です

untitled 2010 from nate boyce on Vimeo.

続けてネイトさんの映像表現について言及。OPNのライブ「M.Y.R.I.A.D.」では、映像を5つの幾何学的なスクリーンに分けて流す演出が行われていた。

浅川さんは「キュビズム的な表現を思い出します。そういったアートの方法を意識していたんですか?」と問いかけた。

会場で公開された「M.Y.R.I.A.D.」のライブ映像

ダニエルと共にポリゴン的な表現を追求していました。現代アートで言えば、フランク・ステラの影響があります(アメリカの画家であり彫刻家。平面表現と立体表現の境目を無くす作風)」と、制作の背景について詳しく述べるネイトさん。

私の場合、多くの作品で3DCGを使ってビジュアルを表現します。以前から複数のスクリーンを使って、どうやってイメージを壊していけるか考えていました。その根底にはフランク・ステラの存在があるんです」(ネイトさん)
Rez Infinite - Launch Trailer | PS4, PS VR
アートからの影響について、水口さんは自身が音楽とビジュアルの融合を目指した代表作『Rez』で、抽象画家ワシリー・カンディンスキーから受けた影響に言及。カンディンスキーは音楽の性質を絵画に持ち込んだことでも有名な作家だ。

アートの話題はさらにイタリアの芸術運動のひとつ「未来派」へと広がる。ネイトさんと水口さんは、代表的な作家であるウンベルト・ボッチョーニの影響について語り合っていた。

ボッチョーニは未来派の主要メンバーとして、連続性のある動きから抜き出したポーズをつくることで知られる。時間や動きを持ち込むことで独自性を出した彫刻家だ。ネイトさんは「彫刻家として初めて時間の感覚を表現したんです」と評価していた。

このセッションで挙げられたアーティストたちはいずれも、彫刻や絵画をそのままのフォーマットとして捉えるのではなく、時に音楽や絵画として捉え、しかし彫刻のようにつくるといった概念を持ち込むことで、従来のフォーマットを超えていこうとする方向性を持つ。

ネイトさんの映像もひとつのスクリーンの中で完結することを拒否するものであり、その作風についてアートからの影響が明らかになった。

複雑なOPNの音楽に色で反応する

こうしたクリエイティブのバックグラウンドを持つネイトさんの映像は、OPNの音楽とどのように絡むのだろうか? 話題は音楽とのコラボから、ダニエルさんとの関わり方へと発展した。

ネイトさんは「ダニエルと初めて作業したときは、自分の映像はリズムとしての役割がありました。いわゆるパーカッションのような存在です」と、初期はあくまでも音楽に合わせた関係だったようだ。

その後「ダニエルの音楽は複雑でいろいろなハーモニーを持っています。それに対して私は、色を使って対応するんです。色には大きな役割があり、感情的なトリガーになります。現在は絵画のような感覚でアプローチして映像をつくっています」と、OPNの音楽に寄り添う中で映像の作風に変化があったという。

水口さんは「このイベントは『本当に欲しい未来は何か?』というテーマで語っていますが、ネイトさんが欲しい未来や技術は何でしょうか?」という質問で最初のセッションを締めくくる。

ネイトさんは力強く「劇場型のプロダクションをやりたいですね。彫刻も入り込んでいくような」と答えた。

対して水口さんが「映像から抜け出したい、という思いが強いんですね」と応じると、「映像から抜け出したいというよりも、物理的なものが好きなんです」と返したネイトさんは、「今回の『M.Y.R.I.A.D.』はその第一歩なんです」と語り、セッション1は終了した。

異色のライブセット「M.Y.R.I.A.D.」の内幕

ダニエル・ロパティンさん

セッション2ではダニエル・ロパティンさんを迎え、ネイトさんと共にいよいよライブ「M.Y.R.I.A.D.」の多層的な世界観について踏み込んでいく。

2人がつくり出す世界観について、元WIREDの編集長であり、現trialog代表・若林恵さんがホスト役となり紐解いていく。

trialogでは今回のトークセッションの前から音楽批評家・八木皓平さんを聞き手にインタビューを敢行。今回はさらに踏み込んだ内容が語られた。

若林恵さん

「私たちの行う『M.Y.R.I.A.D.』は4つの時代を描いています。言語が生まれる前(echo)の時代、収穫(Harvest)の時代、そして過剰(Excess)の時代、束縛(Bondage)の時代です」と、ダニエルさんはライブのコンセプトを説明。

「表現可能な範囲に制限がある中で、ショーとしての威厳を持たせようとしました。そういう意味ではいい内容だったと思います」とも述懐していた。

「ショーを100回くらい行っていると、雰囲気としてライブ空間を演出しようと考えるんです。でもたとえば、クラブに行って音楽を楽しんでも、クラブの外に出たらすぐに現実に引き戻されますよね」(ダニエルさん)

こうした経験から、ダニエルさんはライブにおけるトータルな物語性を志向したようだ。

「私たちがやろうとしたのは、音楽の空間における錯覚を少しでも大きくすることです。そこでコンサート・エスケープという発想が浮かびました。コンサートで、アートのインスタレーションのような作品をつくりたかったんです。『M.Y.R.I.A.D.』はドイツ語のオペラのように、空間も楽しめるものにしました」

ダニエルさんによれば「M.Y.R.I.A.D.」は進化にまつわる寓話であるという。進化とはテクノロジーを意味し、最善のテクノロジーを使い収穫の時代が来るという。しかし収穫しすぎてしまい、人類が太りきってしまう。その最終的な結末として束縛(Bondage)の時代がやってくるという構成だ。

「ダニエルは物語をつくるのが上手いですね。『M.Y.R.I.A.D.』の4つの時代について、私たちは非常に長い間、いかにしてビジュアルで表現できるかを話し合いました」と、ネイトさんもこのテーマを掘り下げる。

「彼がこのアイデアを出したときにひらめいたんです。古代ギリシャの彫刻について調べたり、ギリシャ神話を再解釈して映像のフォルムに落とし込んでいきました」(ネイトさん)

「M.Y.R.I.A.D.」で使われた映像は何を表現しているのか?

車と鎖で括りつけられた男らしきもの

会場では「M.Y.R.I.A.D.」で使用されたネイトさんの映像も上映された。映像では車と鎖で括りつけられた男らしきものが映る。

「何の価値もない中古車を買わされる男のイメージです。“現代は束縛の時代ではないか”とネイトと話し合う中で、2016年の大統領選などを背景に生まれたものです」(ダニエルさん)

ビル群の真ん中に鎮座する物体

次に、ビル群の真ん中に不気味な物体が鎮座している映像が公開された。果たして謎の物体は生物か、それとも別の何かか。「ニューヨークに長く住んでいた」という自身の経験を交え説明するダニエルさん。

「この(映像に出てくる)都市ではみんな孤独を感じています。たとえば愛を失ったら、何を感じるのか? ネイトにはそんなイデアのような場所をつくってほしかったんです」(ダニエルさん)

「文明の衰退の一番最後にあるものが、彫刻となって鎮座している」とダニエルさんは語る。筆者はトークを聞いていて、ニューヨークでの個人的な感慨と映像における世界の終わりがつながっているように感じた。

「どうやら私は混乱しているみたいです(笑)。(ネイトのつくりだした)このニューヨークに住みたいと思っているんです」(ダニエルさん)

部屋に不気味な物体が溢れかえる

現実的な空間の中に、定義できない不気味な物体が溢れかえるという映像は続く。きれいなインテリアが並べられた部屋であるにも関わらず、何かが破綻しているのだ。

「自宅で、蜘蛛の巣にトンボが引っかかっていました。すべての家に衰退する兆候があります。活力を少しずつ失っていくんです」(ダニエルさん)

ネイトさんの映像は、ダニエルさんのそうした感情を基にしている。

「家というものにはミニマリズムの要素があります」。ダニエルさんはふいにそう語った。彼のつくる電子音楽は、その性質上ミニマリズムとも語られやすい。しかし本人は、ミニマリズムに関して複雑な思いを持つようだ。

「嫌いになったり、理解したり……音楽にとってミニマリズムの役割とは警告のようなものです。家にあったはずの活力が失われ、時に亡くなる方もいるかもしれない」(ダニエルさん)

若林さんはここまでの映像を見ながら、「音楽と映像がうまく合わないということはないんですか?」と、2人に問いかける。

「いい質問ですね」と言いながら、ネイトさんは意外な言葉を返す。

「長い間、映像と音楽がフィットしてほしくないと思っていたんです。あまりにシンクロしてしまうことに恐怖感があるんです」(ネイトさん)

2人にとっては、どうやら映像と音楽は調和を求めるものではないらしい。むしろ互いにありきたりなフォーマットを打ち破る手段として手を組んでいるように映った。

ダニエルさんは最後に「必ずしもハーモニーでなくてもいいんです。ネイトの役割は、観客が予測可能なフォルムを壊すことでした。創造的な破壊です」と語り、セッション2を締めくくった。

「フランケンシュタイン」としてのOPN

私が思うのはフランケンシュタインです。いろんなパーツがぐちゃぐちゃに混ざり合ったクラシックな怪物

ダニエルさんは、樋口恭介さんの自分への評にそう返答した。樋口さんは『構造素子』を代表作とする、気鋭のSF作家だ。

樋口恭介さん

最後のセッションは意外性のあるトークとなった。SF作家である樋口さんを中心に、OPNの音楽性を古今東西のSFを引用しながら読み解いていく試みだ。樋口さんは、実は最初からSF作家を目指していたわけではなく、以前は自身も音楽を制作していたという。

「でも、OPNの音楽を聴いてショックを受けたんです」(樋口さん)

樋口さんはOPNの音楽のスタイルに触れた衝撃で、自分には絶対にこれをつくれないと感じ、一度音楽を辞めてしまう。「だけど、表現したいという思いがあって小説を書き始めたんです」と、音楽での挫折が、樋口さんのSF作家としての道をスタートさせた。

代表作『構造素子』にはロパティンという名前の人物が登場するなど、OPNへの思いが大きく反映されている。OPNをめぐる樋口さんの思いは、今回のトークセッション以前に収録されたtrialogの公式サイトに公開されたインタビューに詳しい。

OPNの『Garden of Delete』(2015年)を聴いたとき、ジャズとブラックメタルが流れるような、ありえない音色の組み合わせに驚いたんです。異物感があるのに、ポップに聴けてしまう。マニアックな知識や聴き方をしなくても、気持ちよく聴けてしまう特徴があります」(樋口さん)

樋口さんはOPNの音楽をそう評する。それを聞いたダニエルさんは、自身の特徴をフランケンシュタインにたとえた 「私がつくりたいのは怪物。ハロウィンシーズンにぴったりかもしれませんけど」(ダニエルさん)

樋口さんはダニエルさんの認識を受け、OPNのライブ「M.Y.R.I.A.D.」についても語り始めた。

フランケンシュタインはSFの起源とも言われています。昨夜のライブの感想も絡めると、テクノロジーに合わせた非人間的なものでありながら、身体的なものだと感じました」(樋口さん)

フランケンシュタインは人工的なものでありながら、生々しい身体的な存在だ。そこに重ね合わせる形で「M.Y.R.I.A.D.」の二面性について樋口さんは問いかける。

「OPNの比重として音源は機械的ですが、ライブは生で演奏するという意図はあるんですか?」(樋口さん)

ダニエルさんはラップトップの音源を中心にしたライブだと、ライブ本来のダイナミズムが失われてしまうことにがっかりしたという。

「ショーマンシップは打ち出していないんですが、やはりライブでやるときはフィジカルに比重があります。自分はジャズミュージシャンではないんですが、(ライブのダイナミズムを取り戻すために)ジャズのアプローチに立ち戻ったという経緯があります」(ダニエルさん)

樋口さんはダニエルさんがライブへの問題意識を持っていたことを意外だと感じていたという。ライブの可能性をどう考えているのかに対し、ダニエルさんはこう答えた。

ライブは遊園地の乗り物のようだと思います。シアトリカルなインスタレーションのようなものであり、そこには遊園地のような体験があります。レコーディングはある程度自分たちで把握できていますが、ライブの可能性はまだまだ未知の領域がありますね」(ダニエルさん)

死後、自分の音楽が聞き続けられるということ

話題はOPNの音楽が時を経て、どう残っていくのかへ。

「フィリップ・K・ディックの『流れよ我が涙、と警官は言った』という小説で、大昔の中国の陶器に触れたとき、人間がいなくなっても物が残ることに感嘆するというシーンがあるんです。ダニエルさんの音楽で、SFの話題が出てくるのは人間の認識や時間を超えていくような印象があります」(樋口さん)

樋口さんはSFの名作と絡めながら「ダニエルさんが亡くなったあとも、OPNの音楽は残り、人々に聞き続けられる可能性をどう思いますか?」と、踏み込んだ質問を投げかける。

「それは私がレコーディングのときによく考えていることです。人間の寿命を超えて、残ったものから学べることはすごいことですよね」と答えたダニエルさんは、さらに一歩掘り下げていく。

ただ、時間が経過し、時代が変わる中で、残されたものの意味がつくられた当時と同じであることはありえません。私は音楽のそんな不安定な部分が気に入っています。自分の音楽が、時間とともに変化することを意識しています」(ダニエルさん)

3つすべてのトークセッションがまとまったとき、司会の若林さんが最後に軽く「次のアルバムはいつになりますかね?」と尋ねると、ダニエルさんは彼らしいユーモアを交えて答えた。

レコード会社に命令されたときですね

時代の先端がエンターテインメントと絡み合う

この記事どう思う?

この記事どう思う?

関連キーフレーズ

葛西

ライター

ジャンル複合ライティング業者。ビデオゲームや格闘技、アニメーションや映画、アートが他のジャンルと絡むときに生まれる価値についてを主に書いています。

Twitter:@EAbase887
ポートフォリオサイト:http://site-1400789-9271-5372.strikingly.com/

0件のコメント

※非ログインユーザーのコメントは編集部の承認を経て掲載されます。

※コメントの投稿前には利用規約の確認をお願いします。