橋本淳×神山健治の意外な交流 「みんなの5本の指にはいる」ことはNo1より難しい
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POPなポイントを3行で

  • ファッションデザイナー・橋本淳とアニメ監督・神山健治の意外な交流
  • きっかけは『東のエデン』の主人公・滝沢朗が着たM-65ジャケット
  • 年齢を重ねる中でモノづくりに携わる苦悩「何をつくるのか?」への最適解
ファッションブランド・junhashimotoのデザイナーである橋本淳さんと、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『ひるね姫』などのアニメを手がけた神山健治監督。

一見すると関わりのないような2人だが、実は10年近い親交がある。それもアニメ『東のエデン』をきっかけに。

神山監督が長年「馬鹿にされているのでは?」と感じていたファッション業界。その第一線で活躍する橋本さんは、神山監督自身が愛用するブランドのデザイナーだ。

2000年代以降、作品とブランドとのコラボアイテムが生まれ、急速に距離が近づいているファッションとアニメ。1990年代には考えもできなかった現在と未来を、それぞれの業界に身を置く2人はどのように捉えているのか?

対談を通じて見えてきたのは、神山監督がjunhashimotoの洋服に惹かれた理由をはじめ、両者のモノづくりに対する哲学や思想。

年齢を重ねることで作品へのアプローチに苦悩する一方、普遍的な作品を目指しながらも変化を続けようとする2人に、「ナンバーワンでもオンリーワンでもない」というモノづくりの最終目的地を聞いた。

取材・文:山口若葉 編集:恩田雄多 写真:山口雄太郎

「馬鹿にされてる」と感じたファッション業界との出会い

左から橋本淳さんと神山健治監督

──junhashimotoでは2014年以降『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』と複数回にわたってコラボ商品をリリースしていますが、プライベートでも交流があるとは知りませんでした。お二人の関係はいつからはじまったんでしょうか?

橋本淳(以下、橋本) 2009年頃ですかね。神山さんの知り合いのプロデューサーがjunhashimotoの洋服を買ってくれていたことがきっかけです。雑談ベースでどんな仕事をしているのか聞いたら、申し訳なさそうに「アニメを制作している」と。

話していくうちに、当時放送されていた『東のエデン』の主人公・滝沢くん(滝沢朗)の洋服は、僕が以前手がけていたwjk(ダブルジェイケイ)のジャケットがモデルと聞いて驚きました。

さらに監督である神山さんはjunhashimotoを愛用してくれている……もうどうしても会いたくなって紹介してもらいました。

『東のエデン』/ (C)東のエデン製作委員会

神山健治(以下、神山) wjkの頃から「デザイナー・橋本淳」のことは知っていました。当時の僕は、ファッションや音楽といった業界の人たちはアニメ業界に興味がない、むしろどこかで馬鹿にしていると思っていました。

いまでこそ受け入れてもらえていますが、かつて音楽業界の人にアニメの仕事を依頼したときに苦労した経験があって。

だからプロデューサーから「橋本さんはアニメを観ているようだ」と聞いたときは、正直「本当かな……?」と疑いましたよ(笑)。

橋本 たしかに当時、アパレル業界でアニメの話はすることは稀でしたね。でも一個人としては、当時もいまも本当に観てますから!

神山 僕自身は以前からこっそりと、アニメのキャラクターをかっこいい服装にできないかと模索していたんです。そういう意味で、最近のファッションの流行などの話が聞けるといいなと思いつつお会いしました。

一方で、「アニメの人はうちのブランドちょっと……」と言われないか、会う直前まで悩みましたけどね。 橋本 正直なところ、アニメ制作に携わる人が僕のブランドの洋服を買うイメージがまったくなかったので、どんな人なんだろうと思っていました。

実際に会ってみたら、僕が無意識に持っていたステレオタイプなアニメ業界の人のイメージとは180度違う人だった。

神山さんのような人がいるから、ファッションも含めて世界観がつくりこまれた『AKIRA』(1988年)のような作品が生まれるんだと実感しました。

神山 背景美術として参加した『AKIRA』は、僕というより大先輩である大友克洋監督の意向や海外の実写映画の影響があります。

『さらば青春の光』(1979年・イギリス)に登場したぶかっとしたアーミージャケットに細身のパンツを合わせる、いわゆるモッズファッションなど、当時は映画を通じてアニメにファッションを取り入れていました。

いまではファッションデザイナーの方やブランドが、「衣装協力」としてアニメキャラクターの服装に関わることもありますけど、当時は考えもしない時代でしたからね。

ファッションとアニメキャラクターの密接な関係性

──ファッションとアニメという異なる業界のお二人が、普段どんな話をしているのか実際にお聞きしたいです。

橋本 神山さんの話は僕の知らない世界のことばかりで、聞くたびに影響されていろいろと発想を巡らせることが多いんですよ。

たとえば、アニメファンが洋服を好きになるきっかけとして、「キャラが着ている洋服を現実に落とし込めるようにシルエットを考えて提供するのはどうか?」とか。

本人はキャラや作品が好きで着ているだけでも、服装を褒められたり「かっこいい」と思われたり、そういった経験って本人にとってもすごくプラスになるんじゃないかって。

神山 いいですね。実はアニメでもファッションとキャラクターはすごく密接に関わっていて、洋服もデザインというよりキャラの一部なんですよね。

だからこそ、ファッションとしても違和感がなく、なおかつキャラを特徴づける服装は絶対あるはずだと、常に考えています。

もちろん、現実の洋服をアニメで再現する難しさはあります。 神山 junhashimotoのジャケットを絵で表現しようとして「袖はタイトに」と伝えても、実際にできあがったイラストでは余裕のあるシルエットになっている。着用したときのフォルムの再現性はまだまだですが、今後もこだわっていきたいですね。

橋本 僕もアニメのキャラが着ている洋服をそのまま表現しようと考えたことはないですね。

仮にルパンのようにオーソドックスなジャケット・パンツスタイルだとしても、キャラが成立する作品の世界観もありますし、色味やシルエットなどのディティールを現実に落とし込むには工夫が必要だと思います。

作品を観て「こんな洋服をつくりたい」と感じるのは、どちらかというと実写映画のほうが多いかもしれません。

神山 自然に見えるけどキャラクターらしさが際立つ洋服の表現は、映画から学ぶ機会が多いですよね。

たとえば、トム・クルーズが『宇宙戦争』(2005年)で演じた主人公は、地球が滅亡しそうな状況下で、2度もレザーのライダースジャケットを着替えるんです。キャラの性格・設定がしっかりつくりこまれているからこそですよ。

どこか大人になりきれない、ピザを買うのを忘れてエンジンを買っちゃうような性格の人物ならば、命が危ないときでもジャケットを変えるだろうと。

アニメコラボが増えた理由はインターネット

──ここ数年でファションとアニメがコラボする事例は増えてましたが、双方の業界の人間として、その理由はなぜだと思いますか?

橋本 ファッションもアニメもオタクの気質は一緒だからだと思いますよ。好きな世界、価値観の対象が違うだけ。

昔は両者の間で情報の交流がなく、双方閉じた世界だった。でもインターネットが発達して情報が交わることで、互いの共通点に気づきだした。「アニメも/洋服も」と、みんなが感じはじめているのかもしれないですね。

神山 10年前、もしくはもっと前からかもしれないですけど、アニメファンも制作側もおしゃれになったと思います。

僕が学生の頃は、アニメそのものにお金をかけていて、ファッションにお金が回らなかった。でも、いまは情報も回ることで視野が広がったからなのか、結果的にお金も回るにようになったのかなと思います。

橋本 根本は同じような気がします。洋服でも背景にきちんとしたコンセプトやストーリーがあるものが好まれています。そこに時間をかけずにつくったものは瞬間的に売れるけど、廃れるのも早い。ストーリーを伝えるという点はアニメにも通じることだったりしますか?

神山 そうですね。そういう意味では、アニメの主人公の変化もあるかもしれません。

昔は、変身後の姿がメインで主人公はスーパーヒーローだった。でも『AKIRA』付近からいわゆる普通の人が主人公だったり、服装でもあえて現実世界で人気があるNikeのスニーカーを履かせてみたり。そういう流れが1990年代くらいから徐々に出てきました。

橋本 ただし、コラボが増えているといってなんでもやればいいというわけではないですよね。双方のファンを納得させられればいいですけど、さっきも言った通り両方ともオタク気質だから、そう思わない人も必ずいるので。

神山 異なるもの同士が交わるので仕方ない部分もあると思います。

コラボといってもモノだけでなく、僕が橋本さんと会って話をするというのも、一種のコラボみたいなものじゃないですか。異業種の人間と直接会って互いのアウトプットに活かしていける。

「みんなの5番目以内」はナンバーワンより難しい

──お話を聞いていると、会う直前まで悩んだ出会いからはじまった橋本さんとの関係ですが、神山監督として得たものも少なくないようですね。

神山 違う業界で哲学をもって仕事をしている人と会うと、かたちとしては残らないお土産をもらえるのがいいんですよ。仮に真似をしても業界が違うから同じものにならない良さがあるというか。

何度か話をする中で、僕が橋本さんの洋服に惹かれたのは、普遍性と流行の両方を追い求めているからだと気がつきました。

印象的だったのは「ポルシェはいつ・だれが見てもわかるデザインだけど先端でもある。junhashimotoの洋服もそういう存在でありたい」という話。

作品で参考にさせてもらったM-65ジャケットも流行じゃなくて、そういった思いでつくられているから惹かれたんだと。僕自身、アニメという極限まで記号化された表現の中で、そういう洋服を表現したいと思っていたんです。 橋本 ありがとうございます。具体的にはjunhashimotoをいつでもみんなのトップ5内にいるようなブランドにしたいんです。

たとえば、シャツにジャケットにパンツなど10アイテム選ぶとして、各アイテムの選択肢として5本の指に入っているといいなと。一番じゃなくていい。

神山 ナンバーワンでもオンリーワンでもないということですね。

橋本 すべてで一番になるなんて、ブランドとしてのこだわりを出すほど不可能なんですよ。5番以内といっても、これはこれで1つのアイテムで一番になるよりも難しいんですけどね。

映画を観てとか、有名人が着ていてとかなんでもいいですけど、何かに感化されて急にそのアイテムが欲しくなったときの選択肢として、常にきちんとしたモノを用意できる存在になりたいんですよ。

革新的新作が生まれない中でマスターピースになるために

──互いにモノづくりに携わる人間として、神山監督からみて橋本さんの考えはどのように映っているんでしょうか?

神山 「だれもの5番以内に」という考えでつくらるものが時代を超えていくんでしょうね。僕のいまの目標が「詠み人知らず」──だれがつくったかわらないけど、なぜか知っている作品をつくることなんです。

橋本さんがポルシェをイメージして洋服をつくられているのはそれに似ていて、詠み人知らずにならないと不可能な領域だと思いました。

その上で、橋本さんにぜひ聞きたいことがあるんです。

橋本 なんですか?

神山 僕は50歳を越えて、自分としてやっていることを変えているつもりはなくても、対外的な見られ方が変わるんだなと実感しています。でも、だれの言葉か忘れましたけど、周囲から「変わらないね」と言われる人ほど、常に変化し続けている人なんです。

ということは、アニメファンである20代くらいの人たちに向けて作品をつくるという意味で、相当意図的に自分自身を変えないと、これまでと同じ「変わらない」僕を提供し続けられないのでは? と、一種の危機感を抱いています。

橋本 つまり、詠み人知らずで普遍的なものをつくるためには、実は変わり続けなくちゃいけないってことですよね。

神山 そうです。そのあたりの感覚を、普遍と流行を両立させようとする橋本さんに聞いてみたいんですよ。

橋本 後世に受け継がれるという意味で、変化は必須ですよね。そこには当然抵抗もありますけど。たとえば100年以上の歴史があるジーンズも、マニアからすると「ストレッチデニムは受け入れられない」という意見もあると思います。 でも「もし昔のままだったら現在まで続いていたのか?」「もし100年前にストレッチ素材があったらどちらが選ばれていたのか?」──そう考えていくと、変化の必然性が高まって、自分自身を説得できるから、反対意見に対して「変える理由」を説明できる。

普遍性とは、まったく変えないのではなく、時代に応じて何を変えるか。洋服の場合はそこに流行を取り入れつつ、軸をぶらさずいかにかっこよく表現するかが重要なんだと思います。40代の僕からすると、まだ考えが及ばない領域なのかもしれないですけど。 神山 自分が信じるものと変化を両立させるためには必要な思考だと思いますよ。

その中で最適解を見つけるのが僕自身難しくなってはいますけど、自分が若かったときに40代、50代の人がつくるものに心を打たれていたのも事実なんですよね。

どんな作品だったかと振り返ると、トラディショナルな作品で、それが詠み人知らずに通じていくのかなと思っています。

橋本 僕からも1つ聞いてみたいんですけど、トラディショナルな作品を目指す中でアニメにおける流行はどう考えているんですか?

神山 流行りという概念自体がなくなりつつあるし、僕としても流行の最先端をつくるべきなのかという疑問もあります。

最近のスマートフォンゲームの隆盛をみると、主観が自分にあるゲームに比べて、基本的に受け身で観るアニメは好まれないのかもしれない。

インタラクティブという言葉すら古臭いですけど、ゲームの盛り上がりには、自分たちで想像の余地を見つけて遊んでいるようなところがありますね。

あくまでもお客さんありきなので、企画として成立する作品は限られてきますけど、そういう隙間をアニメでもどうやってつくっていこうかと、最近考えていますよ。 橋本 革新的に新しい作品が生まれにくいというのは、ファッションでも同じことが言えるかもしれません。

極端な話、新しい洋服なんてありえないんですよ。ジーンズもシャツもジャケットも、原点と呼べるものが存在していて、かたちとしては完成しているんですよね。もちろん奇抜なものもつくれますけど……

神山 袖が3本とか?

橋本 そうですね(笑)。でも、僕もやっぱりお客さんの存在ありきというか、結局のところ洋服を買った人に喜んでもらえなきゃ意味がないわけです。

それこそ「junhashimotoを着たらすごくモテた」とか、そういう体験をしてもらってこそなので、そのための素材や着方を提案し続けて、いつの時代も「名作5選」に入るような洋服を目指していきたいです。
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プロフィール

橋本淳

橋本淳

junhashimotoデザイナー

1974年生まれ。2003年、日本のメンズファッションにタイトシルエットを持ち込む。wjk創設後、ミリタリーウェアをラグジュアリーファッションへと昇華させ、メンズファッションで一世を風靡する。同ブランド離脱後に、40代を迎えるデザイナー自身を納得させる大人のリアルクローズブランド、junhashimotoを展開する。シンプルな見た目の中に光るこだわりのディティールが特長。プラス3cm、マイナス3㎏に見せる計算しつくされたシルエット「デザイン性と機能性の融合」により快適さとスマートさを共存させる。2014年から日本「粋」をテーマに、「柔と剛」「光と影」「デザインと機能」など、相反するものを、掛け合せ、融合し共有する手法により作品を発表し続ける。近年、ヒルトングループの最高位ホテルConrad Tokyo (コンラッドトキョー)や、全世界シェアNo.1のシガーブランドDavidoff (ダビドフ)と協業するなど、 ファッションの枠だけにとどまらず、現代の「粋」な男の世界を展開する。

神山健治

神山健治

アニメーション監督/株式会社CRAFTAR代表取締役共同CEO

1966年生まれ。現在、株式会社CRAFTAR代表取締役共同CEO。
高校卒業後、アニメの自主制作を経て、背景美術スタッフとしてキャリアをスタート。
『人狼 JIN-ROH』映画『BLOOD THE LAST VAMPIRE』等を経て、映画『ミニパト』で初監督を務める。
その後、『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズを監督し、ビデオグラムセールスが累計230万枚を超える大ヒットとなる。
その後の代表作に『精霊の守り人(2007年)』『東のエデン(2009年)』『009 RE:CYBORG(2012年)』『ひるね姫 〜知らないワタシの物語(2017年)』等がある。
3DCGアニメ「ULTRAMAN」及び「攻殻機動隊」の新作を「Appleseed Alpha」などの3DCGアニメを監督してきた荒牧伸志監督と鋭意制作中。

山口若葉

山口若葉

ライター

漫画(特に花とゆめ)と素敵な女の子がすきなライター。

2件のコメント

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onda

恩田雄多

編集部の恩田です。記事をお読みいただきありがとうございます!
またご指摘部分、大変失礼いたしました。先ほど修正させていただきました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

匿名ハッコウくん

匿名ハッコウくん(ID:2295)

とても読み応えのある素晴らしい対談でした。
確認した限りですが、二箇所誤植があります。①記事冒頭の「目的値(たぶん正しくは、目的地)」と②橋本さんのプロフィールの「ファション(正しくはファッション)」