『HUNTER×HUNTER』は2014年の掲載を最後に、冨樫義博さんの体調不良を理由に連載がストップ。これまでも数多くの休載歴を重ねてきた冨樫さんですが、今回の休載は本当に長く、多くのファンが復活を待ち望んでいました。2度目のTVアニメ化、そして劇場版の制作が行われる中、ご本人にとっても連載再開へのプレッシャーはかなりのものだったでしょう。
まずはなにより、冨樫先生。連載再開、本当にありがとうございます!
新章・暗黒大陸編へと突入する『HUNTER×HUNTER』
日本国民で『HUNTER×HUNTER』を知らない人はいないかもしれませんが、改めて作品概要を説明させていただきます。『HUNTER×HUNTER』は主人公のゴン=フリークスが、父親であるジン=フリークスを探すために、作中世界最高の職業・ハンターを目指すところから物語がはじまります。その過程の中で、ゴンとその仲間や敵たちとの多くの冒険や運命的な出会い、熾烈な戦いが描かれていきます。
その想像の斜め上をいく、常人には到底考え得ることのできない凄まじい展開の数々は、多くの読者を魅了し続けています。しかし、最新32巻では物語における最大の目的だったはずの「父探し」があっさりと達成されてしまうのです。
ジンがなんの前触れもなく登場し、ゴンの目的が突如として達成されてしまった『HUNTER×HUNTER』。よもや、連載当時はこのまま完結してしまうのではないか……という心配を多くの読者がしていました。
しかし、冨樫義博さんはここで物語を拡張させます。それが4月18日の連載再開によって本格的にそのヴェールが明かされていくであろう「暗黒大陸編」です。
筆者はTwitterや2ちゃんねるでその連載終了疑惑が囁かれていた当時から「絶対に冨樫先生は連載終了させないだろう」という強い確信を持っていました。その確信の依拠としては、いくつもの未解決の、(そしていま振り返ってみると)「暗黒大陸編」に連なるいくつもの伏線を残しているからでした。
この記事では、4月18日より再開され、そして今後の日本漫画史を更新していくであろう名作『HUNTER×HUNTER』のこれまでを、伏線と共に振り返ってみます。
※コミックス未収録エピソードのネタバレなどが、若干含まれます
『HUNTER×HUNTER』で未解決になっている伏線
ゴンの母親/ゴンの出生
『HUNTER×HUNTER』において、ゴンの母親について言及される回数は、父親であるジンに対して、極めて少ないものとなっています。ゴン自身も親友のキルアに「そーいやお前のお袋さんってなにしてんの?」(8巻16ページ)と聞かれ、義母であるミトを思ってか「親父のこと以上に聞きづらいんだよね、母親のことって」と返しています。また、ジンがゴンに遺したテープでも、ジンがいざゴンの母親についてしゃべろうとした途端、ゴンはテープを強制的に止めてしまいます。
ゴン自身は「オレの母親はミトさん!」(8巻55ページ)と、義母をかばう発言をしていますが、これを最後に『HUNTER×HUNTER』内ではゴンの母親に関する話題が一切でてきていません。上述したジンのテープのくだりは演出的にも「露骨に何かある」という雰囲気を残しつつも、以後触れられることはありませんでした。
そう。当初の作品のゴールとして読者に対して設定していた「父探し」は解決しても、いまだに主人公のゴンの出自・出生の秘密はまったく明らかになっていないのです。
さらに、これはまだ単行本にはなっていないエピソードですが、暗黒大陸には「ドン=フリークス」というゴンやジンと同じ、フリークスの名を持つ人物が長年居座り、本を書き続けているという情報が語られます。
一体ゴンはどこからきたのか? 母親は生きているのか? ドン=フリークスとは何者なのか? おそらくそれらの真実を知るであろう、物語の本筋に大きく介入してくるジンの行動と発言に注目です。
闇のソナタ、ナニカ
『HUNTER×HUNTER』には「念能力」という超能力的な(『ジョジョの奇妙な冒険』でいうとスタンド的な、『NARUTO』でいうとチャクラ的な)概念があります。少年漫画で能力物といえばすでに定型ジャンルとして確立され、手垢のついたものです。しかし、冨樫義博先生の面白いところは、その「念能力」をゲームシステムやルールのように扱い、読者にその設計を提示している点です。
「念能力」は、身体に流れる「念」を何かの強化に使ったり、物体を具現化したり、変化させて武器にしたりする力です。これまで様々な念能力が登場していますが、強い能力であればあるほどに、身体的なリスクや能力発現の達成条件が複雑かつ困難になるといった枷を負います。
しかし、その念能力の範疇を逸脱した力が過去に2例だけ紹介されており、それが第8巻に登場する、魔王が書いたとされる楽曲「闇のソナタ」とキルアの妹であるアルカの別人格「ナニカ」です。
「闇のソナタ」は聴いた人の身体を異形へと変形させてしまう旋律(楽譜)。第一楽章だけ聴いたというセンリツはその容姿が変貌し、友人は死んでしまったと語っています。
また「ナニカ」はノーリスクで人の願いを叶えたり、大量殺戮を行う能力を持っています。作中でもそれぞれが「怪談の類」「念能力では説明がつかない」と語られており、明らかに冨樫さんが設計する念能力のルールを越えた描かれ方をしています。
それぞれその出自は不明とされていますが、しかし「ナニカ」に関しては、「あい」という口癖の暗黒大陸の生物「ガス生命体アイ」とその近似が多くのファンによって指摘されており、またほぼ間違いなく暗黒大陸由来の何かだと考えられます。
キメラアントはどこからきたか? どこへいくのか?
『HUNTER×HUNTER』の長い連載の中でも、最大の敵として描かれたのが他の生物を捕食することで、その特徴を次世代に反映させる生物群・キメラアントでした。登場する敵それぞれが、各キャラクターが必死の覚悟と知略で戦わなければならない強敵でしたが、キメラアントの王・メルエムはこれまで『HUNTER×HUNTER』が丁寧に描いてきた世界観の中で考えうる限り、文字通り最強、進化が行き着く果ての生物として描写されています。
メルエムを倒したのはネテロの言う「人間の底知れぬ悪意」=核兵器をモチーフにしたであろう「貧者の薔薇」という致死性の毒を持つ爆弾でしたが、いまだにキメラアントの残党は多く存在しており、また、そもそもキメラアントがどこから来た存在なのかは巧妙に隠されたままとなっています。
キメラアントは本来、人を食料とするような種ではなく、ゴンたちハンターと死闘を繰り広げたのは、ジン曰く「(世界の)外側からきた外来種」。露骨に世界地図の外にある世界「暗黒大陸」由来の生物であることが示唆されています。暗黒大陸で再びキメラアントと相見える機会もあるかもしれません。
また、ジンと同じくハンターの中でも屈指の実力者の集う元ハンター協会会長のネテロが結成した「十二支ん」のメンバーでもあるパリストンは、約5000個のキメラアントの繭を回収して何かを企んでいるようです。今後、暗黒大陸へと本格的に舞台を移す前にも、大きな波乱が予想されます。もしくは暗黒大陸へと運んで何かするのか……!
流星街/ジャイロ/「始めはただ、欲しかった」
クロロが率いる盗賊・幻影旅団メンバーの多くの故郷でもある流星街もいまだにその詳細は明かされていない場所の一つです。また、単行本12巻では、クロロや幻影旅団メンバーの回想シーンに、非常に印象的なフレーズ「始めはただ 欲しかった」がそれっぽく挿入され、ビデオテープを仲間たちと投げ合う様子が描かれています(冨樫先生の作品でビデオテープというと、幽☆遊☆白書の「黒の章」が思い浮かびますね)。
主人公チーム、特にクラピカの宿敵として描かれている幻影旅団ですが、その結成の起源について未だ描かれていません。上述した回想シーンが大きく関係することは間違いないと思われますが、今後確実に描かれていくことになるでしょう。
その鍵となるのが、キメラアント化したNGLのボス・ジャイロの存在と、ジャイロの行方を追って流星街へと向かったウェルフィン、ヒナ、ビゼフの3名です。ジャイロについては、キメラアント編の序盤からNGLのカリスマ的悪として描かれ、明らかにただものではない雰囲気を出していましたが、本筋にはまったく絡んでおらず、人知れず行方を眩ましていました。
今後、暗黒大陸編でその正体が明らかになるのかは定かではありませんが……。むしろ暗黒大陸編が終結してからの新章として描かれそうな雰囲気です。本当に『HUNTER×HUNTER』は終わりが見えません。
東に向かったクロロ
単行本13巻によって、クラピカに念能力を封じられた幻影旅団のボスであるクロロも、クラピカの念を外すために行動中ですが、その詳細はいまだ明かされていません。予知能力を持つネオンの占いによって、「東」へと向かったクロロの行く先には何があるのか? 連載当時から数えて15年くらいが経過していますが、以降、クロロの登場は2コマだけです(15巻・台詞なし)。
また、クロロとの決闘を切望しているヒソカの動向も気になるところです。除念師のアベンガネと共に行動していたはずのヒソカですが、選挙編ではひょっこり白票を入れに登場。その際の言動から、まだクロロには会えていない(あるいは除念できていない)ことがうかがえます。暗黒大陸での再会となるのでしょうか。いやしかしあんまり関係なさそう。
『HUNTER×HUNTER』はここからはじまる
『HUNTER×HUNTER』の、現在残されている大きな伏線をいくつかまとめてみました。小ネタや細かいセリフやコマの一つ一つをとれば、まだまだ伏線と取れるシーンは存在します。この記事の冒頭でも書きましたが、これまでの単行本に記されたコメントやあとがきから推察するに、冨樫義博さんの漫画は多くのゲーム、そしておそらくTRPGやボードゲームに大きな影響を受けていると考えられます。ある一定のルール下でいかに自由にキャラクターを遊ばせるか。『HUNTER×HUNTER』のキャラクターはいずれも知将クラスの思考力でもって盤上を動きます。
そこからさらに、これは作中でジンが言っていた台詞でもありますが、「目に見えない『何か』」を求め続けるという長大かつ深遠なテーマが作品には流れています。ゴンの目的が達成され、ついに作品が持つ本来のテーマをストレートに描くことになるであろう暗黒大陸編は、いわば『HUNTER×HUNTER』第2章──いや、もはやここからが真の『HUNTER×HUNTER』だともいえるのです。
2年近くにも及ぶ冨樫義博さんの長期休載でしたが、彼の脳内はまだまだ凄まじいストックのアイディアがほとばしっていることと思います。4月18日からの連載再開、僕らも心してかかりましょう。漫画史の更新を目の当たりにできることに感謝。地球に生まれてよかった。
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連載
1998年より『週刊少年ジャンプ』にて連載を開始した漫画家・冨樫義博さんが描く『HUNTER×HUNTER』。 主人公のゴン=フリークスが父親であるジンを探すためハンターとなり、キルア、クラピカ、レオリオといった仲間達との絆を深めながら、未知なる敵との戦いを描きます。 緻密に計算された高度な攻防と読者の予想を上回り続ける展開で人気を博す一方、非常に寡作なことでも知られ、現在までに500回以上の休載を繰り返していることも話題となりました。 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』超特集では、そんな本作に魅せられたKAI-YOUの面々が、作品にまつわる疑問や伏線などを考察するコラム記事を執筆。ときには座談会も実施しながら、一読しただけでは伝わりづらい冨樫義博作品に通底する思想を紐解きます。
1件のコメント
CKS
震えて待つ