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新世紀の音楽たちへ 第6回「インターネット文化としての同人音楽」

さて、次回は、同人音楽を含むもっと大きく「音楽」の問題について、東京藝術大学大学院の日高良祐さんにバトンタッチしてうかがいます。何が飛び出るか、お楽しみに!新世紀の音楽たちへ 第5回「ゲーム音楽がつなぐ同人音楽と民族音楽」

と書かれてから、すでに数ヶ月もの時間が過ぎ去ってしまいました。

この間のお休みの責任はすべてわたしにあります! ごめんなさい! 東京藝術大学大学院の日高良祐と申します!

ここまで連載「新世紀の音楽たちへ」では、同人音楽について考えることの意義や、同人音楽に際立ってみられるいくつかの特徴(DTM、アレンジ、民族音楽、ゲーム音楽)について、豊富な事例とともに安倉儀たたたさんから紹介してもらいました。少しずつ各論に焦点を絞っていったこれまでの流れとはちょっと毛色を変えて、今回はぼくなりの興味関心から、あらためて同人音楽全体のカタチについて考えてみたいと思います。

ぼくは大学院で日本のメディア文化について研究しているのですが、とくにネット上での音楽の「流通」に関心を向けてきました。たとえば2010年頃からのネットレーベルの流行は、ぼくにとって重要な研究対象です。

既存の音楽流通の形態とは一線を画したネットレーベルのやり方、つまり音楽のデータを無償で共有しようという流通のスタンスは、まさに新世紀らしい音楽文化として定着していきました。日本の最重要ネットレーベルの一つであるMaltine Recordsについて書いたものを寄稿してますので、興味のある方はぜひぜひ~。

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「流通」というキーワードに着目する

さて、こうした切り口に立って音楽文化を考える身からすると、同人音楽という領域は非常に興味深い。なにしろ、同人音楽の特徴とは、まさにその流通形態にあると考えられてきたからです。そこで注目されてきたのは、コミックマーケットM3などの即売会における手渡しでの流通、という方法論でした。

安倉儀たたたさんが第0回でも書いているように、「同人音楽は即売会とともにあった」といえるのです。

同人音楽の文化を源流から支え続けてきた即売会。ですが、こうした見方に対して、ぼくは同時に物足りなさも覚えています。この連載を読んでいるみなさん(とくに若い人)も、その違和感を共有しているのではないでしょうか? つまり、「ここで言ってる同人音楽って狭くね?」と思うのではないか、と想像します。より具体的には、同人音楽の持つインターネット文化としての側面への注意が足りないのではないか、と。

ここからは、「流通」というキーワードに着目しながら、同人音楽のカタチについて考えていきます。これまでの「新世紀の音楽たちへ」で提示してきたカタチに、もうちょっとインターネット成分を補充しようという試みです。

同人音楽の歴史的文脈と「流通」

まず、同人音楽を同人音楽たらしめている特徴について、簡単におさらいしましょう。

M3の様子

同人音楽の即売会「M3」の様子

第0回にも書いてある通り、同人音楽が現在のように注目を集める存在となったプロセスには、脈々と続く歴史的な文脈があります。コミケ内で次第に集積していく同人文化としての音楽流通。それらをまとめて音系同人という言葉を発信したM3。制作の点でも、パソコンの使用に重点を置くDTMからDAW、ボカロ、スタジオ録音と多様性を拡大させます。

こうした社会的環境の変化の中で、葉鍵系、東方、ボカロといった様々なムーブメントが生みだされてきたわけです。

同人音楽はなぜオタク的になったのか

ここですでに見て取れるように、同人音楽を特徴づける大事な要素に「即売会」の存在があります。たとえば、周辺文化研究家のばるぼらさんは、このように書いています。

一般的にいうメジャーに対する”インディーズ”音楽との違いは流通経路にある。同人音楽は自主制作したCD/CD-RをコミックマーケットやM3などの即売会で頒布、もしくは同人ショップに委託する。このため一般レコード店にのみ通うリスナーとはほとんど客層がかぶらない。(「『内側を向いたまま巨大化していく文化』インターネットと音楽、日本のネットレーベルとその周辺」『宅録~D.I.Y.ミュージック・ディスクガイド』)

同人イベントや同人ショップを舞台とした特徴的な流通は、同人音楽を他の音楽文化から一線引いて考えていくための、重要な足がかりとなってきたのです。

コミケに代表されるように、ちょっとオタク的な色合いの強い流通経路が用いられてきたことで、同人音楽は全体として日本のオタクに身近な音楽文化として育ってきたといえます。

安倉儀たたたさんがこれまで描いてきた同人音楽の姿も、全てが「パソコン文化に近接したオタク」と親和性の高いものでした。パソコンで使用されるゲームやソフトウェアとの接点は、ゲーム音楽やエロゲのアレンジ曲、RPGのBGMっぽいものなど、制作のレベルで見て取れるくらい、同人音楽のテイストに強い影響力を持ったのです。

同人流通とは何か?

同人ショップ

同人ショップでは、CD以外にも様々な同人作品が販売されている。

また、流通の面から見て即売会と同じくらい重要なのが、同人ショップに委託して行なわれる、いわゆる「同人流通」です。

同人誌を全国流通させるネットワークが現在のように成立したのは、とらのあなが創業した1990年代後半以降のようですが、同人音楽も次第に取り扱われるようになりました。これは、メジャーレーベルが持っているものとも、インディーレーベルが利用しているものとも、また異なった流通網・販売拠点を用いています。いわば、既存のものとは異なった流通の領域を創り出してきた、といえるでしょう。

このように、同人音楽を特徴づける要素として、即売会や同人流通といった「流通」に関する区分が重要視されてきました。流通の場が特異であることは、そこに集まる人々の属性を規定することにもつながりました。よって、同人音楽の領域を育んできた環境は、パソコン的・オタク的なニュアンスを強くまとったものとなってきたのです。これが、同人音楽のこれまでを創り出してきた文脈です。

それって狭くない?

しかし、こうやって源流を探るように同人音楽のカタチを切り出していく方法に対しては、実際のところ「狭い」と感じる人も少なくないのではないでしょうか? 冒頭でも書きましたが、いま中学生だったり高校生だったりするような若い人からすると「そんな古い話は知らないよ~」ってな感じではないかと思います。

むしろ昨今では、「同人音楽」なる言葉に触れる経路は、決してパソコン的・オタク的な領域だけに限られるわけではありません。「同人からメジャーデビュー」したミュージシャンを先に知って、そこから同人音楽を掘りだした、という人も増えているでしょう。もはや紅白歌合戦にまで同人音楽出身のミュージシャンが出てくる時代ですから。

演奏してみた また、より重要なのは、ニコニコ動画上で展開するメジャーとは言い難いネット的な音楽文化の存在です。ボーカロイドを用いた楽曲や「演奏してみた」タグの動画、東方Projectや音ゲーに関する投稿は、2000年代後半のネット文化を特徴づけるポップ・カルチャーを形成してきました。さらに、この領域が、広い意味での同人音楽として認識されてもいることは見落とせません。

「新世紀の音楽たち」を考えようとするならば、やはりこうした同人音楽の近年の動向についても踏まえておかなければならないでしょう。すなわち、同人音楽とメジャーデビューとの関係、同人音楽とニコニコに代表されるネット文化との関係、における変化です。KAI-YOUのキーフレーズ「同人音楽」の項目では、「同人音楽での活動を経てメジャー・レーベルからデビューに至る流れ」についても正しく触れられています。

また、音楽研究者の井手口彰典さんも、同人音楽の流通形態を説明する中でこうした変化について明快に指摘しています。

流通形態に基づくスケールを用いた同人音楽理解は少なくともゼロ年代中頃まで高い有効性を保っていたように思われる。しかし状況はゼロ年代後半以降、大きく変化しはじめているようだ。それまで同人イベントや同人ショップといった閉鎖空間で楽しまれてきた音楽(それを「狭義の同人音楽」と呼んでもいいかもしれない)が、特にインターネットを経由することで次第に外部へと湧出しはじめたのである。 『同人音楽とその周辺』より

やはり、同人音楽に対する認識の仕方、そのカタチを決定する要因は、先述したような即売会に依拠したものだけには限られなくなっているようです。そんなメジャー的かつネット的な同人音楽について、ちょっと事例を見てみましょう。

kz(livetune)が無効化する区分


少し古い話ですが、やはりkz(livetune)さんが登場した時のことを取り上げないわけにはいきません。

初音ミクリリース直後の2007年からボカロ曲を投稿し始めたkzさんは、同年末のコミックマーケット73で同人CD「Re:package」を頒布しています。そして翌年2008年には同CDの商業盤でビクターエンタテインメントからメジャーデビューを果たしました。kzさんもまた、同人音楽即売会と密接に関係したミュージシャンだったのです(その関係性についてはこちらのインタビュー記事にも見出せます)。

狭義の同人音楽なのか? メジャーなのか? ボカロ文化なのか?といった、既存の区分に立とうとする理解を無効化するような、今日的な音楽文化を体現している存在だといえるでしょう。

インディー・バンドと同人音楽との距離

また、ネット上で盛んに活動するインディー・バンドサウンドの領域も、同人音楽との距離に変化が見られています。

たとえば、インディーレーベルから数枚のCDをリリースしているインスト・ロックバンド虚弱。のドラマーまにょさんは、インディーズでの活動のかたわら2012年から「叩いてみた」動画をニコニコ動画に投稿しています。




次第に形成されたニコニコ上のミュージシャンとの繋がりは、THE VOC@LOiD M@STERでのCD頒布も行なってきたボカロP、カラスヤサボウさんがドワンゴ・ユーザーエンタテインメントから2014年にリリースしたCDへのドラマーとしての参加を実現させました。鏡音リンが歌うこのCDは、とらのあなやGAMERSを経由したいわゆる同人流通と同時に、全国のメジャーなCDショップにも展開しています。これもまた、同人音楽⇔メジャー流通⇔ボカロ、という境界線の不明瞭さを示しています。

ニコニコ動画とボカロの使用という共通点を持つ両者とも、同人活動とインディー活動の境目がなくなってしまうような今日的同人音楽の典型的な事例だといえるでしょう。

その不明瞭さは、同人音楽らしさを計る評価スケールとして有用だった「流通」という切り口からでは、明確には捉えることが難しいのです。「いろいろ使ってる!」としか言いようがありません。また付け加えると、その同人活動では「同人として活動すること」が優先されるわけではなく、明らかにステップアップを目指したキャリアパスが見えるようにも思えます。そのスタンスは、「メジャー⇔インディー」の枠組みから理解した方が近そうです。

同人音楽の領域が持つ自律性の低下?

さて、今回の話をまとめます。

パソコン文化やオタク文化と隣接して形成されてきた同人音楽の領域は、即売会での手売り流通を基盤とした歴史的文脈を持ってきました。特定の場所に依拠したちょっとだけ特殊な音楽文化として、同人音楽は自律した領域を確保してきたといえるでしょう(狭義の同人音楽)。

しかし、近年この枠組みには変化が見られます。それは、「メジャー⇔インディー」という対立構造で把握されてきたような、別の価値体系(「デビューしたい!」という欲望)による浸食としても表れています。これはニコニコ動画やボカロに代表される、ネット文化的な流通基盤の普及によってもたらされました。それにより、同人音楽のカタチは、即売会を軸に置いた見方からすると、拡張されつつあるのです(広義の同人音楽)。

即売会の場で顕著に見られるいくつかの特徴をもって、同人音楽を特徴づける決定的な要素だということは、もはやできないのかもしれません。

同人的な音楽の領域は即売会が支えてきたものからもっと広くなっており、ボカロを使っていたり、ニコニコ動画を使っていたり、同人流通を使用している広いものを指して、同人音楽と呼ぶように変わっているといえます。そしてますます、インディーズやメジャーという分け方に拠った既存の音楽文化と溶け合っていくでしょう。これは見方を変えると、同人音楽を他の音楽文化と区切ってきた自律性が低下してしまっている、と評価することもできるかもしれません。

こうした状況からすると、同人音楽とは何か、という定義付けにとって、「同人として活動する意識の有無」が重視される傾向にあることは自然なのかもしれません。というよりもむしろ、それ以外の基準によって判断することがほとんど不可能なくらい、同人音楽とインディーズやメジャーといった領域の区別が曖昧になっているのですから。流通形態によった判断基準はもはや意味をなさないのかもしれませんね。

即売会とネットのハイブリッド「APOLLO」

その意味でも非常に興味深い即売会が、APOLLOです。2014年から始まったこの同人音楽即売会は、日程を限ってネット上で開催されるという斬新な特徴を持っています。これが意味するところとは、狭義の同人音楽を支える要素であった「即売会」と、広義の同人音楽の拡張に資してきた「ネット」の、両方の特徴を持ったハイブリッドであるということです。
Apollo
もちろん、同人音楽の領域が持つ自律性の低下をさらに加速させてしまう可能性はあります。しかし、もはや拡散して曖昧化した同人音楽のカタチを、これほど体現した流通形態は他にないでしょう。2016年のAPOLLOは、2月19日(金)~2月21日(日)開催だそうです! 楽しみ!

インターネット文化としての側面の拡大は、「同人音楽」のカタチ自体を変容させつつあります。今回は「流通」に注目して、狭義と広義の同人音楽をちょっと対立的に置いて見てきました。とはいえ、他の切り口から見た場合に見えてくるまた別の同人音楽像がどのようなものなのか、それもぼくには気になります。あなたにとっての同人音楽は、どのようなカタチをしていますか?

取材協力:まにょ(ex. 虚弱。)

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新世紀の音楽たちへ  第8回「ボイスドラマの変化と『即売会』の役割」
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