『日本三國』の癖強な登場人物たち
『日本三國』を読みはじめてまず引き付けられるのが、癖の強〜〜〜〜い登場人物たちです。前述したように主人公・青輝は変わり者。そしてそれに負けず劣らずの曲者が次々と登場します。
その筆頭が、本編以前に傀儡の幼帝を擁立し、長年に渡って大和の実質的頂点に君臨している平殿器(たいらでんき)です。
太々しく、冷酷非道。権謀術数に長け、人を操る術を心得た大和の首魁。自分が嫌な思いをしたから人を即処刑する暴虐っぷりが許されてしまうほどの権力者です。青輝の妻・小紀の命を奪った仇敵でもあります。
新章「平家追討編」では青輝と殿器が火花を散らすようで、大いに盛り上がりそう。
ほかにも、いつ何時でも「私は凄いからな」で結論を出す、自己肯定感MAXの名門嫡子・ツネちゃん(阿佐馬芳経/あさまよしつね)。高潔で文武に秀で、誰もが尊敬する辺境将軍の龍門光英(りゅうもんみつひで)。龍門を支え続け、決して失敗しないと評判の名軍師・賀来泰明(かくやすあき)など、魅力的な登場人物ばかり出てくる。モブすらも愛おしい。
作中では触れられない彼らの人となりは、単行本では巻末、マンガワンではおまけとして公開している年表・人物紹介に詳しいです。
なお、年表・人物紹介では、日本が三国に分かれた詳しい経緯や各国の歴史、人物相関図、組織図など、詳細な設定が明らかになります。
かなり細かいところまで詰められており、この緻密な設定があるからこそ本作の重厚な物語が生まれているのだと分かります。というか、分からされる。気合が違う。
戦闘シーンが主役ではない戦記漫画
『日本三國』は戦記漫画ですが、戦闘シーンはあまり描かれません。
主役となるのは、戦がはじまる前の準備や計略を仕掛けるシーン。あるいは戦に至るまでの、各国の各勢力の思惑が水面下でぶつかり合う内政です。ここに本作の面白さが詰まっています。
象徴的な例が2巻〜4巻までの「聖夷征西編」でしょう。
主人公の青輝が住む大和と北国・聖夷との戦が描かれる同編ではまず、1人の権力者が暴虐を振るう大和の歪な政治体制と、クーデターによる政変をダイナミックに展開する聖夷、両国のごたつく内政を同時に進行しつつ、大戦への機運を高めていきます。
以後、内憂外患を抱えながら一進一退の攻防を繰り広げる両国の駆け引きを活写し、いざ最終決戦! という段に至って、ダイジェスト的に事の顛末を映し、潔く要所を端折り勝敗を描写します。
最終決戦がはじまる前、戦準備や計略の段階で勝敗が決していたことを、これほど明白に演出できるのか!と、作者・松木いっかさんの手腕に震えたものです。ラストの幕引きも併せて、見事すぎる締めくくりでした。
とにかくしゃべりまくる主人公・三角青輝
戦闘シーンが描かれないのであれば、主人公の青輝はどこで活躍するのか? というと、やはり戦の前段です。
青輝は武力の人ではなく智謀の人であり、将来的に奇才軍師と呼ばれるようです。弁が立つ彼は眼の前にある難事・難題を、理路整然とした弁論でことごとく解決していきます。とにかくしゃべりまくる。吹き出しが紙面を埋め尽くすことも珍しくありません。
妻の小紀が斬首された後も、人望の厚い将軍への仕官が限りなく困難な時も、懇意にしていた上司を断罪する時も、天下の趨勢を左右する大事を抱えて帝に拝謁した時も、冷静沈着に事を成していきました。
この間、彼はただしゃべっているだけで、作画上の派手な演出はありません。しかし、合理を突き詰めた彼の言葉は実に雄弁で、ダイナミックな絵の動きと同様に漫画的エンタメとして読ませます。言葉の応酬が心地よい読後感を生んでいる。
この窮地を彼は弁舌でどう切り抜けるのか? と、ワクワクさせてくれるのです。彼が口八丁で切り開く泰平の世への道程は如何なるものか。楽しみでなりません。
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連載
テーマは「漫画を通して社会を知る」。 国内外の情勢、突発的なバズ、アニメ化・ドラマ化、周年記念……。 年間で数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事とリンクする作品を新作・旧作問わず取り上げ、"いま読むべき漫画"や"いま改めて読むと面白い漫画"を紹介します。
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