本記事はクトゥルフ神話TRPGシナリオ「傀逅(かいこう)」を実際にプレイヤーとして遊んだ感想と考察である。
2021年7月、ゲーム実況者・むつーさんによるクトゥルフ神話TRPGのシナリオ「傀逅(かいこう)」をプレイした。 一緒に遊んだプレイヤーやKP(キーパー。クトゥルフ神話TRPGにおけるゲーム進行役。一般的にはゲームマスター/GMと呼称されることが多い)にも恵まれ、非常に楽しむことができた。
10余年にわたる筆者のTRPG歴においてこれほどまでのインパクトを与えたシナリオは記憶にない。
頒布元の「booth」紹介ページでは、
実際かっこいいロールプレイは思う存分できたし、相方の探索者やNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のかっこいいロールプレイを見ることもできた。
また、
さらに、購入者向けにNPCの立ち絵やプレイヤー配布資料といったオンラインセッション素材も配布されており、オンラインセッションの準備も比較的しやすい。慣れていないKPでもセッション準備は比較的しやすいだろう。
シナリオ自体がプレイヤーの心を揺さぶるように設計されているところだ。
筆者はかつてここまで話の緩急の「うねり」を中だるみすることなく繰り返し、人の心を揺さぶるシナリオを経験したことがなかった。
ひとつのシナリオ内に小さな盛り上がりがいくつも設定されており、盛り上がりの後はしっかりと締めてくる。
締めるのはなにか。
情緒だ。
盛り上がりの後に来る情緒の締め上げはシナリオが進むごとにきつくなり、探索者とプレイヤーの情緒を締め付けるのだ。
ひとつは、非日常の宇宙的事象に巻き込まれた人々をロールプレイングする「クトゥルフ神話TRPG」のシナリオでありながら、プレイヤーキャラクター(以下「探索者」)にとっての「大切な人」をプレイヤー自ら作成するからである。
プレイヤーはシナリオ開始前にシナリオ付属の「大切な人」シートを渡され、探索者にとっての「大切な人」を作成する。大切な人は探索者と2人暮らしをしている設定がつき、探索者と同じように名前、性別、年齢を設定するほか、探索者との関係性などを書いてKPに渡す。
彼らは探索者に取って日常の象徴となる。どんな宇宙的恐怖にあった後でも、家に帰れば「大切な人」がいるのだ。
ここで「感情曲線」というものについて説明したい。
感情曲線とは感情の動きを時間(ストーリー)の流れに沿って波形のグラフのように表したもので、良い時はグラフがプラスに振れ、悪い時はマイナスに振れることによって感情の振れ幅を表す。一般的にはマーケティングに使われる手法である。
BBC Newsの記事「全ての物語の6つの原型 データ分析から解明」によると、物語には6つの類型に分けられるという。
・不運から幸運へと上昇する、立身出世
・幸運から不運へと下降する、悲劇
・一度は上昇するものの、その後に下降する
・下降した後に上昇し、また下降する
・上昇した後に下降し、最後は上昇する
・一度は下降するものの、苦境を脱して上昇する
上から3番目、一度上昇してから下降に転じるものがある。これはイカロス型と呼ばれるもので、一度は困難を突破し感情曲線が上昇するも、その後悲劇に転じてしまうというものだ。
困難とは、例えば怪事件に巻き込まれたり、閉鎖空間に閉じ込められたり、知人が何者かにさらわれる、といったことを指す。
困難を打破し、家に帰ってめでたしめでたし、という展開であれば感情曲線は上昇したままで終わる。1番上のパターンだ。
しかしイカロス型の場合、感情曲線は上昇したあとで下降する。
ギリシャ神話のイカロスの話をするのであれば、ろうで固めた鳥の羽で空を飛び、幽閉された塔を抜け出すことに成功した後、「羽が太陽の熱で溶けてしまうから高く飛びすぎないように」というダイダロスの警告を無視して高く飛んでしまった。結局太陽に近づきすぎて羽は溶け落ち、イカロスは海に落ちてしまった。
シナリオ中いくつものイベントが起こるのだが、それを解決していくたび、感情曲線は上昇する。
しかし、そのイベントが解決するたびに、イベントとは別の「異変」が起きてしまうのである。それは不可逆的なもので、大切な人との日常を容赦無く侵食していくものだ。
そのようなものが起きてもなお、次の「イベント」は否応なしに起きてしまう。そして、探索者はそれを解決しなければならない。解決したあとで、何が起こるか知りながら。
「大切な人」と「いくつも連なるイカロス型の感情曲線」の存在が、「傀逅」を非常に面白く、感情を揺さぶるシナリオである理由であろう。
そこがプレイヤーの意思に関係なく変わっていくのだ。
「傀逅」は、イカロス型の感情曲線がいくつも連なっており、しかも振幅がだんだん大きくなっていくのだ。その負の感情曲線の深さは、時として地獄を超えて深淵へ達する。
そんな昏い深淵が、「傀逅」にはある。
深淵がプレイヤーの感情曲線をはるか地下へと引きずり下ろしていく。そしてそこから大空へ射出され、また地下へと引きずり下ろしていく。そして徐々に振幅は大きくなっていき、
その先に何があるのか?
この先は是非、自分の目で確かめてほしい。
2021年7月、ゲーム実況者・むつーさんによるクトゥルフ神話TRPGのシナリオ「傀逅(かいこう)」をプレイした。 一緒に遊んだプレイヤーやKP(キーパー。クトゥルフ神話TRPGにおけるゲーム進行役。一般的にはゲームマスター/GMと呼称されることが多い)にも恵まれ、非常に楽しむことができた。
10余年にわたる筆者のTRPG歴においてこれほどまでのインパクトを与えたシナリオは記憶にない。
頒布元の「booth」紹介ページでは、
とある。最高にカッコいいロールプレイをしたいプレイヤーと、最高にカッコいいロールプレイを見たいキーパーに送るクトゥルフ神話TRPGシナリオ。
実際かっこいいロールプレイは思う存分できたし、相方の探索者やNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のかっこいいロールプレイを見ることもできた。
また、
と記載されている通り、本文は初心者のキーパーでもシナリオを読むだけでセッションを進行できるよう、丁寧に説明されている。「”KPさんが極力苦労しないで回せる、初KPの方でも回しやすいように」というコンセプトを元に作成したものです。
さらに、購入者向けにNPCの立ち絵やプレイヤー配布資料といったオンラインセッション素材も配布されており、オンラインセッションの準備も比較的しやすい。慣れていないKPでもセッション準備は比較的しやすいだろう。
綿密に設計されたシナリオ──「傀逅」の真価
だが、筆者はこのシナリオの真価を別のところに見ている。シナリオ自体がプレイヤーの心を揺さぶるように設計されているところだ。
筆者はかつてここまで話の緩急の「うねり」を中だるみすることなく繰り返し、人の心を揺さぶるシナリオを経験したことがなかった。
ひとつのシナリオ内に小さな盛り上がりがいくつも設定されており、盛り上がりの後はしっかりと締めてくる。
締めるのはなにか。
情緒だ。
盛り上がりの後に来る情緒の締め上げはシナリオが進むごとにきつくなり、探索者とプレイヤーの情緒を締め付けるのだ。
「大切な人」の存在
なぜこのシナリオがここまでプレイヤーの情緒を締め付けるのか。ひとつは、非日常の宇宙的事象に巻き込まれた人々をロールプレイングする「クトゥルフ神話TRPG」のシナリオでありながら、プレイヤーキャラクター(以下「探索者」)にとっての「大切な人」をプレイヤー自ら作成するからである。
プレイヤーはシナリオ開始前にシナリオ付属の「大切な人」シートを渡され、探索者にとっての「大切な人」を作成する。大切な人は探索者と2人暮らしをしている設定がつき、探索者と同じように名前、性別、年齢を設定するほか、探索者との関係性などを書いてKPに渡す。
彼らは探索者に取って日常の象徴となる。どんな宇宙的恐怖にあった後でも、家に帰れば「大切な人」がいるのだ。
感情曲線と物語の6つの類型
もうひとつは、緻密に設計されたこのシナリオの感情曲線である。ここで「感情曲線」というものについて説明したい。
感情曲線とは感情の動きを時間(ストーリー)の流れに沿って波形のグラフのように表したもので、良い時はグラフがプラスに振れ、悪い時はマイナスに振れることによって感情の振れ幅を表す。一般的にはマーケティングに使われる手法である。
BBC Newsの記事「全ての物語の6つの原型 データ分析から解明」によると、物語には6つの類型に分けられるという。
・不運から幸運へと上昇する、立身出世
・幸運から不運へと下降する、悲劇
・一度は上昇するものの、その後に下降する
・下降した後に上昇し、また下降する
・上昇した後に下降し、最後は上昇する
・一度は下降するものの、苦境を脱して上昇する
上から3番目、一度上昇してから下降に転じるものがある。これはイカロス型と呼ばれるもので、一度は困難を突破し感情曲線が上昇するも、その後悲劇に転じてしまうというものだ。
困難とは、例えば怪事件に巻き込まれたり、閉鎖空間に閉じ込められたり、知人が何者かにさらわれる、といったことを指す。
困難を打破し、家に帰ってめでたしめでたし、という展開であれば感情曲線は上昇したままで終わる。1番上のパターンだ。
しかしイカロス型の場合、感情曲線は上昇したあとで下降する。
ギリシャ神話のイカロスの話をするのであれば、ろうで固めた鳥の羽で空を飛び、幽閉された塔を抜け出すことに成功した後、「羽が太陽の熱で溶けてしまうから高く飛びすぎないように」というダイダロスの警告を無視して高く飛んでしまった。結局太陽に近づきすぎて羽は溶け落ち、イカロスは海に落ちてしまった。
イカロス型の感情曲線が連なる「傀逅」
「傀逅」の感情曲線はイカロス型の感情曲線がいくつも連なった形をしている。 「傀逅」の感情曲線(筆者作成/物語の一部のみを抜粋した感情曲線であり、またネタバレ防止のためストーリーラインにぼかしを入れている)シナリオ中いくつものイベントが起こるのだが、それを解決していくたび、感情曲線は上昇する。
しかし、そのイベントが解決するたびに、イベントとは別の「異変」が起きてしまうのである。それは不可逆的なもので、大切な人との日常を容赦無く侵食していくものだ。
そのようなものが起きてもなお、次の「イベント」は否応なしに起きてしまう。そして、探索者はそれを解決しなければならない。解決したあとで、何が起こるか知りながら。
「大切な人」と「いくつも連なるイカロス型の感情曲線」の存在が、「傀逅」を非常に面白く、感情を揺さぶるシナリオである理由であろう。
日常が徐々に深淵に飲み込まれていく「傀逅」
クトゥルフ神話TRPGのみならず、TRPGにおける日常の描写は、しばしばプレイヤーキャラクターのみならず、プレイヤーも一息つける場所であると考えている。まして大切な人と暮らす「家」ともなれば、それこそ探索者が愛すべき日常の象徴であるといえよう。そこがプレイヤーの意思に関係なく変わっていくのだ。
「傀逅」は、イカロス型の感情曲線がいくつも連なっており、しかも振幅がだんだん大きくなっていくのだ。その負の感情曲線の深さは、時として地獄を超えて深淵へ達する。
そんな昏い深淵が、「傀逅」にはある。
深淵がプレイヤーの感情曲線をはるか地下へと引きずり下ろしていく。そしてそこから大空へ射出され、また地下へと引きずり下ろしていく。そして徐々に振幅は大きくなっていき、
その先に何があるのか?
この先は是非、自分の目で確かめてほしい。
TRPGの深みにはまる
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producerM/上総観久
ゼロ年代からTRPGを遊んでいるTRPGプレイヤー。長年オフラインセッション専門だったが、コロナをきっかけに本格的にオンラインセッションでTRPGを遊び始めた。
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