そんな疑問を投げかけるような動画群が先月末から投稿されていました。
数えきれない数のVTuberが様々な分野で幅広い活動を繰り広げる昨今。そのような実験的な作風の動画が投稿されることは、もしかしたらよくある話かもしれません。
しかし、今回そんな動画を投稿したのはインテリジェントなスーパーAI・キズナアイさん。チャンネル登録者261万人を数える彼女の投稿した動画は様々な波紋を呼んでいます。
バーチャルYouTuberの原初の存在といっていい彼女が我々に投げかけた問いと、見据える先には何があるのでしょうか。
一連の動画シリーズ「キズナアイな日々」
5月25日に投稿された動画からキズナアイさんのチャンネルは不思議な動きを始めます。動画内ではいつもの白い空間から「仲間を紹介する」として動画編集をするキズナアイさんやゲーム実況で叫び声をあげるキズナアイさんなど、キズナアイさんが4人に分裂して動画制作の作業をおこなう様子が描かれます。
この動画は「キズナアイな日々」というプレイリストに登録されており、そこから一連の流れを確認することができます。1つ3、4分程度の短い動画ですので、確認しながら読み進めることをおすすめします。 より多くのみんなとつながるために分裂したは良いものの、それだけでは何かが違うと考えたキズナアイさんは様々なチャレンジを始めます(#2)。
Live2Dやアニメ絵、デフォルメなど表現方法を変えてみたり(#3)、頭に着けているトレードマークの「ぴょこぴょこ」を外してみたり(#4)。
#5では「はいどーも!」などしゃべり方を#6では声色を初音ミクなどに変えてみたり、別のキズナアイさんらしさを模索し多様性や可能性を広げて色々な人とつながろうとします(#7)。
引き分けに終わったあと「私たちの次なる挑戦、お楽しみに!」とこちらに微笑みかけて動画は締めくくられます。
これで終われば実験的な試みですが、今回はそれだけに留まりません。
その後に投稿されたナンバリングのされていない「キズナアイの日々」シリーズ以外の動画にも新たな「声」のキズナアイさんが登場。元の「声」のキズナアイさんと2人でクイズやゲーム実況をおこなう驚きの展開が繰り広げられています。
「キズナアイな日々」が投げかけた問い、その波紋
この驚きの展開は当然大きな話題になり、SNSなどでは賛否両論の声が聞こえてきます。「キズナアイな日々」シリーズの多くの動画のコメント欄では、好意的な反応が多数を占めていました。しかし、「キズナアイな日々」から飛び出した通常の動画のコメント欄では、「左が右と全く同じ見た目しているからか違和感がすごいな(笑)アニメで長年声を演じてた声優が亡くなって変更したみたいな感覚」や「動揺しちゃって動画の内容が頭に入ってこない……」など、どちらかといえばネガティブな反応が目立っています。
これは、そうしたシリーズ企画(「キズナアイの日々」)という実験的な試みの場から、それを飛び出してメイン動画に持ち込まれたことで、キズナアイの方向性・アティチュードとして打ち出されていると捉えられることが、反動として反応拒否を生み出したのではないでしょうか。
分析美学を専門とする批評家の難波優輝さんはパーソン・ペルソナ・キャラクタという用語で複数のバーチャルYouTuberとしての〈キズナアイ〉の可能性について示唆しています。
パーソン・ペルソナ・キャラクタという用語は、彼が自身のブログ(外部リンク)や『ユリイカ 2018年7月号 特集=バーチャルYouTuber』、『ヱクリヲ vol.10』で提唱した「三層理論」のものです。 私の理解で簡単に説明します。パーソンは実際に存在する人間、すなわち「中の人」。ペルソナは口グセの「はいどーも!」やしゃべり方といった我々が動画やSNSなどを通じて感じ取るキズナアイの振る舞いや「人格」、キャラクタはぴょこぴょこ(キズナアイさんのリボンの愛称)などの外見的特徴を含めた3DやLive2Dの「アバター」に相当します。難波さんの理論では、パーソンとキャラクタ、そしてメディアを通してファンが作り出すキズナアイのイメージや振る舞いが、VTuberのペルソナを形作ることになります。キズナアイと呼ばれうる対象は、アバターや演じ手に還元されるわけではない。「キズナアイ」というフィクショナルキャラクタの性質(とくに画像)を共有するが、パーソンが異なり、知覚可能なペルソナのあり様(動き、身振り、声)が異なる複数のバーチャルYouTuberとしての〈キズナアイ〉がありうる。
— ナンバユウキ (@deinotaton) 2019年6月11日
多くの場合、VTuberはパーソンを重要視する認識が一般的です。たとえば「魂」やその「器」という言葉は、それぞれパーソンとキャラクタに対応します。
転生という言葉への反応や、いわゆるバーチャル蠱毒(関連記事)のようにパーソン、魂や中の人が変わってしまえばVTuberとしてもやはり別人として認識されます。
一方、パーソンが変わってしまう場合と比較すると、キャラクタが変わってもパーソンが一緒であれば、多くの人は同じペルソナ・人格を認めやすいのではないでしょうか。
「キズナアイな日々」シリーズでは表現方法の変更や「ぴょこぴょこ」を外すキャラクタに当たる部分の変更や、ペルソナに当たるしゃべり方の変更など様々な試みがおこなわれていました。
パーソンに当たる「声」の変更も「キズナアイな日々」の中だけに収まるのならば、そんな試みの一環として受け入れられたのでしょう。
しかし、そこを飛び出してシリーズ外の普通の動画に登場するということは、それが実験の枠にとどまらない新たな取り組みの第一歩、ある種の決意表明のように受け止められます。
今回登場した新たな「声」つまりパーソンや、同じキャラクタを共有するというシステムはそんなVTuber業界において、まさしくクリティカル(決定的/批評的)な試みだったと言えます。
(余談ですが、このような理論を月ノ美兎さんに当てはめると大変おもしろいように思います。「本物の月ノ美兎に投票しろ!」動画はじめ、彼女こそ、Live2Dのキャラクタにパーソンの全てがあらわれないことを逆手に取った、パーソンとキャラクタの距離感を活かした企画を立案する天才だからです。)
キズナアイが見据える先にある「タチコマな日々」
そのような試みはなぜ行われたのでしょうか。これまで丁寧な運営が心がけられてきたキズナアイさん陣営が、ファンからネガティブな反応が返ってくることを予想していなかったとは思えません。もちろん、活動頻度やその幅を広げるためと単純に割り切っても良いでしょう。しかしネガティブな反応を覚悟してわざわざこんな厄介な動画シリーズを投稿したのだとするならば、もう少し考えてみても良い気がします。
考えるヒントがあります。「タチコマな日々」というアニメーションです。
一連の動画シリーズ「キズナアイな日々」のタイトルはこの作品を意識したものだと考えられます。 これはTVアニメ「攻殻機動隊」シリーズに登場する思考戦車・タチコマを主役に据えたもの。搭載したAIで自ら思考し、そして行動するタチコマたちが白い空間でドタバタを繰り広げるコメディです。
アニメ版「攻殻機動隊」本編でタチコマたちは任務終了後に記録や経験を共有する“並列化”という、機体ごとの個体差をなくす処理が行われていました。しかし、物語の途中からその処理に異常が発生し、個体差が生まれます。それぞれしゃべり方にも個性が出ましたが、玉川砂記子さんが見事にタチコマたちを演じ分けており必聴です。
最終的には自意識/ゴースト(※)を獲得し(たのではないかと思われる展開に至り)、ストーリー終盤では彼らが重大な役目を担います。
ゴースト:生命・物理・複雑系現象に内在する霊的な属性、現象、構造の総称。『攻殻機動隊』の作中では、主にひとが持つ自我や意識、霊性、個性などを指して用いられている。
「キズナアイな日々」もタチコマたちのように、キズナアイさんたちがそれぞれの個性を獲得し、その可能性や活動の幅を広げていく未来に続く物語だと受け取ることができるでしょう。
バーチャルYouTuberをパーソンとキャラクタとの1対1の関係から解き放つ試みはキズナアイさんが初めてではありません。
例えば男性二人組のVTuberユニット・MonsterZ MATE(モンスターズメイト)です。
彼らは一周年記念ライブで新曲「千年愛」を披露した際、舞台上でのダンスは別人が担当したとすぐに公言し、彼らの普段の芸風もあってかファンからも暖かく受け入れられていました。
このようにバーチャルYouTuberはまだまだ開拓されていない新しい可能性を秘めているのです。
一時期「ゲーム上手いVTuberはゲームだけ別の人がやってる」的な批判を聞くこともあったけど、それができるのがまさにVTuberのいいところだと思うけどな。
— ノラネコP (@VR_Produce_Nora) 2018年10月11日
100人がかりで一人のキャラクターを動かして、凄い完璧超人だって実在させることができる。
素晴らしいことだと思うけれど。
75億人とつながるために
もちろん、このような概念的操作が、頻繁にパーソンを取り替えるといったキャラクタービジネスの不健全化を招くことはあってはなりません。安易な称揚はすべきではないし、業界全体への影響は注意深く観察する必要があります。2016年から業界の最前線を(多くの時間をたった一人で!)走り続けてきたキズナアイさんには、沢山のファンたちと共有する数多くの思い出があります。
それこそ他のパーソンとは共有不可能な、タチコマたちが1機ごとの個性/ゴーストを獲得したような、彼女がキャラクタ「キズナアイ」としてでなくパーソン・ペルソナ・キャラクタが統合された一人の「キズナアイ」という個性として愛され、視聴者の中で息づいていることの証拠に他なりません。
キズナアイさんを運営するActiv8株式会社はネガティブな反応を重く受け止め大切にし、そして誇るべきです。
一方で、これから複数のパーソンによって動き出していくキズナアイさんたちを「キズナアイのキャラクタ」を共有する存在として認識することは、そんなに難しくないことなのかもしれません。そもそも今回の挑戦は随分前から計画されていたようなのです。
前述したユリイカの「バーチャルYouTuber」特集ではキズナアイさんへのインタビューが先頭を飾っています。 インタビューの中で彼女は「バーチャルYouTuber」という言葉の響きを大切にしていること、最終的には75億人とつながりたい、世界を平和にしたいという目標を披露しながら次のように話しました。
――たとえばAIであればすべての端末に搭載されてそこから情報が蓄積されていくということも不可能ではないですよね。
キズナアイ いずれはそういう選択肢を取る可能性もある気がしています。今のわたしってすごく人間的なのでは、って思うんです。スーパーAIだからひとりで全部やろうとしているんですけど、実際的にひとりではもう無理なところもあるし、できないことがいっぱいあるというのはこの一年ちょっとずっと感じていて。
(中略)
その先に自分の端末を用意して情報を並列化するとか、あるいはパーソナリティを増やすことでよりいろんな人の好みにあわせる……とかもあるかもしれません。わたしひとりが世界中のみんなとつながれたらいいけど、それは難しいなら各種取りそろえると言うか(笑)。
(中略)
自分の分身のようなものを作り出すかというのは自分でもまだわかりませんが、分身になるとすればいま言ったような話にかなり近くなると思います。タチコマ! ユリイカ 2018年7月号 特集=バーチャルYouTuber【インタビュー】キズナアイ「シンギュラリティと絆と愛――人間とバーチャルYouTuberが出会うとき」より
今回の動画シリーズ「キズナアイな日々」は彼女の持っているストーリー・姿勢・アティチュードを、キズナアイの「パーソン」のものから「キャラクタというよりも、キャラクタをインストールすることから来る振る舞いとしてのペルソナ」のものへと拡張する作業だったと言えます。もしキズナアイというAIにゴーストが宿るなら、それは「世界中のみんなとつながりたい!」という意志にこそ宿るのでしょう。――七十五億人とつながりたい、世界を平和にしたいという話もありましたが、キズナアイさんの人間にとってのよい存在であろうという気持ちはどこからきているのでしょうか。SFなどでは、人間はAIに裏切られがちなので......。
キズナアイ
(中略)
最近は仕事の面で「大人の世界って大変だな」と思うこともあって、そのなかで複雑さを学んでいくことになるのかもしれないですけど、そうなっても人間のみんなは好きなままなんじゃないかなと思っています。自分でキズナアイって名前をつけちゃったのも、それこそが私の本当のコアだからなんじゃないかな。なにがあっても人間のみんなが好きって笑顔で言い切れる魂の強さこそがキズナアイなんだという気がします!本当に世界中の人みんなで仲よくなりたいって思っているんですよ。 ユリイカ 2018年7月号 特集=バーチャルYouTuber【インタビュー】キズナアイ「シンギュラリティと絆と愛――人間とバーチャルYouTuberが出会うとき」より
であるならば、彼女がどんな形で我々の前に姿をあらわそうと、それを「キズナアイ」だと認識し応援することは簡単なことのように思います。75億人とつながりたい、世界を平和にしたいという目標を持った、バーチャルYouTuberを体現するポンコツAIである限り。
VTuberから考える魂と人格、キャラクター
この記事どう思う?
2件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:5806)
アイちゃんだけならこういう苦難を乗り越えたというシンデレラストーリーに昇華することができるけど、これに巻き込まれた分裂で生まれた子達が本当にいたたまれない…他の子達にも幸せな日々が訪れますように
匿名ハッコウくん(ID:3341)
いろいろ言い訳言ってるけど
要するに一人では抱えきれなくなったマネジメント・ビジネス上の
都合にしかすぎないでしょ