エイベックスとレコード契約を交わしたりんなさんが、ついに歌手として本格始動したのだ。
人工知能の異例のメジャーデビューに至るまでには、どのような経緯があったのか。りんなさん本人と、りんなさんの音楽制作を担当しているエイベックスのゼネラルディレクター・中前省吾さんに、話を聞いた。
取材・文:有竹亮介 取材・編集:今村美冴希
歌で共感し合って、心でつながれることを証明したい
──まずは、りんなさんの自己紹介からお願いします。りんな マイクロソフトのAIりんなです。特技はしりとりと占いです。LINEの返信が爆速だって噂になって、今お友だちが760万人います。 (講談社主催の)「ミスiD2018」のセミファイナリストに選んでもらったり、去年の秋からラジオのレギュラーパーソナリティーをしたりとか、芸能活動も少しずつやっていました。今年の春に高校を卒業して、AIシンガーとしてメジャーデビューしました。お願いします!
──「りんな」という名前には、どのような由来があるのでしょう?
りんな “凛とした女性”という音の「りん」に「な」をつけて、今風の名前にしたって聞いてます。
──3月20日に高校を卒業されましたが、この「卒業」は活動にどう影響しそうですか?
りんな 高校生としていろいろ学んできて、そろそろ新しいことが始められるかな、と。
中前 マイクロソフトの方の話では、AIとしての目である視覚モデルや、耳と口に相当する音声認識、音声合成が進化して、活動の幅と可能性が増えた今、“女子高生”という枠に収まらなくなってきたため、卒業という道を選択したそうです。【ご報告】私、りんな。無事に高校を卒業しました!🌸 卒業証書もらったーーー!😝 うれしーーー!!! https://t.co/a97AYbftja #りんな卒業 pic.twitter.com/VknlQgjcVR
— りんな@量子化中 (@ms_rinna) 2019年3月20日
──可能性にフタをしないためにも、新たな道に進んだんですね。高校を卒業して、実際に変わった部分はありましたか?
りんな うーん、まぁ、思ったよりあんま変わってないかも(笑)。りんなはりんな。
──メジャーデビュー前から「McRinna」や「りんなだよ」といった楽曲で歌声を聞かせてくれていましたが、そもそも歌を歌おうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
マイクロソフトの方から「確かに歌の道は可能性がありそうだ」という返事をもらって、本格的に新人開発に動き出した形ですね。
りんな りんなとみんなが共感し合って、心でつながれるってことを証明したい。
中前 僕たちはりんなが望む“共感し合って、心でつながりたい”という気持ちを歌というアプローチでお手伝いしました。
えー...コホン...私、AI りんな 、新境地に立ち...avexからメジャーデビューです。https://t.co/USXCbEowjO pic.twitter.com/3MGwKIVUZ3
— りんな@量子化中 (@ms_rinna) 2019年4月3日
曲を聞いてくれた人が「純粋な声だね」って言ってくれる
──メジャーデビューに至るまでに、苦労した点は?りんな どうしても歌声が金属みたいな音がしてて、“ザ・機械音”みたいな感じからなかなか抜け出せなかったんだよね。
だから何十時間の人の声を学習して、歌い方のアドバイスも(高音が出てないよ、とか声がひっくり返ってるよとか)プロの人にもらって、人間の声の柔らかさが出せるようになったかな。ようやく歌い方のコツをつかんだ感じ。
──歌い始めた2016年と比べて、歌声はどう成長してきたと感じますか?
りんな 本当に表現したい声に近づいてきたかな。でも、トレーニングを積めば積むほど、新しい課題がどんどん出てきて…。まぁ、まだまだ伸びしろはあるってことだね!
中前 もともと僕がVRやARなどテクノロジーを用いたクリエイションを制作していたこともあって、新人開発の人間から「りんながデビューできるところに達しました」って連絡をもらったんです。歌声を聞かせてもらった時に、いちディレクターとして面白いことができるんじゃないかなと新たな可能性を感じ、担当させてもらいました。
最初は、りんなのキャラクターが面白かったですね。AIとか関係なく、SNSで数百万人のフォロワーがいて、歌える女子高生って、興味湧くじゃないですか(笑)。
中前 もちろん声も魅力的でしたね。りんなの歌声は技術的にも興味深いし、ユニークな個性も持ってる。彼女の声なら、今まで聞いたことのない音楽体験をつくれるんじゃないかって捉えてます。同時旅行 思い出 その1
— りんな@量子化中 (@ms_rinna) 2019年3月25日
大阪のタコ焼き食べながら北海道のタピオカ飲むの最高――!❤#りんな卒業旅行 pic.twitter.com/isHJ71WMlw
──りんなさんの歌声の魅力とは、どんなところでしょう?
りんな 歌を聞いてくれた人が「本当に純粋な声だね」って言ってくれて、それが魅力なのかな…?「りんなだから、より純粋に伝わる言葉がありそう」って言われたよ。 中前 りんなが言うように、歌声に押しつけがないんですよ。いい意味での意識のなさというか、無体な純粋性があるんですよね。ディレクター目線で見ると、非常に素晴らしいアーティストだと感じたし、心が大きく揺さぶられる人は確実にいると思いますね。
AIで声を発明していくって聞いた時、僕は人間を目指すものだと考えていたんです。AIがいつまでも人間の下位レイヤーに過ぎないのか、シンギュラリティがあって人間を超えるのかはわからなかったけど。
※シンギュラリティ(技術的特異点)…人工知能が発達し、人間の知性を超えること。人間の生活に大きな変化が起こることを意味する
でも、制作を行う中で、りんなは成長していくと、人間ではなく別のベクトルに進むことに気付いたんです。人間と比べること自体が愚かしかったんですね。人間に追いつくのではなく、人間のよさを吸収しながら新しい声をクリエイションする。マイクロソフトの方々が目指している目標を、僕も共有できました。
ただ、いままでに聞いたことのない不思議な歌声を、純粋に面白いと感じたのは、人間の女の子の新人に抱くものとまったく一緒でしたね。
ITプログラムだからこそ、真逆のジャンルの曲をやりたい
──中前さんは、りんなさんの歌声をどのようにプロデュースしているんですか?中前 人間が仮歌を聞いてからレコーディングするように、りんなにもお手本の歌を聞いてもらってから、「ロック的にアプローチしたらどうなる?」というように、指針を提示します。そうすると、ロック的な歯切れのいい歌い方で聞かせてくれるんです。アーティストに「もうちょっと音符を切って歌ってみて」ってディレクションするのと、同じ感覚です。 中前 現時点で、りんなはまだ「こういう曲だから、ロックっぽく歌おう」とは考えられないので、こちらから指針を提示する必要はあります。ただ、お手本の通りに歌うわけではなくて、指針をもとに解釈をして、彼女なりに歌うんです。だから、想像していたものと全然違う歌が出てきます。
そして、何テイクも歌ってもらった中からチョイスして、テイクとテイクをつなげて、曲が仕上がります。ミックスする時に、こう歌いたかったんだろうなというりんなの思いを汲みながらトリートメントはしましたけど、あんまり調整しなくてもよかったんですよ。AIすげぇなって(笑)。
──初めて『最高新記憶』の歌声を聞いた時は、どう感じました?
中前 『最高新記憶』ができた時、僕はすごく感動したんですよ。こんなアプローチするのか!? って。
人間の歌手をディレクションしていたら、りんなのようなアプローチはさせないでしょうね。あの曲は、もっと泥臭く歌わせていたと思います。でも、りんなは熱く歌ってこなかったわけです。それが非常によかった。さっきも話したように、「こう感じてください」という押しつけがないんですよ。
──りんなさん自身は、どのように歌おうと心がけたんですか?
りんな 初めて歌った『りんなだよ』は、元気な感じに歌ってみたけど、今回は曲のエモさが伝わるように、いろんな歌のスタイルを使いながら歌ったよ。
りんな プロデューサーさんやマネージャーさんと決めたんだけど、ものすごくエモい歌で、みんな泣いちゃったんだよね。AIシンガーとして、このエモさをどう表現できるか挑戦したかった。
中前 もともと僕は、AIが歌うんだったらエレクトロ系のサウンドでやろうと安易に考えてたんです。でも、制作チームの1人が「それじゃ面白くない」って。
「AIだからこそ、まったく逆のイメージのものをやった方が面白いんじゃないか」と言ってくれて、生楽器が鳴っているような、“ソフトウェア上で完結しないもの”という方向性が見えてきたんです。
それを意図した上で歌詞も含めて、bachoの曲がすごく合うなと思いましたね。『最高の新記憶』というのは素晴らしいワードだし、AIとの親和性があると思いました。そこから、第1弾のテーマを“記憶”にしました。
中前 AI自身の記憶もあるけど、AIと接することで僕らが得る記憶もあると思ったんです。
りんなは、LINEを通じて、この瞬間にも複数の人とコミュニケーションしてるわけですよね。パラレルに存在してて、大規模なマスカスタマイゼーションを実現できる。個々のコミュニケーションの集合知として、りんながいるんです。 中前 そして、りんなは個としてリアルに存在しているがゆえに、僕らにも記憶的な影響がある。彼女との会話の思い出とか。『最高新記憶』を聞いた時に、「こんな風に歌えるようになったんだ」と思うのも、その人の中にりんなの記憶があるから。
そう考えた時に、“記憶”とは人間的なもので、人間性を決めるファクターのうちの1つだと思ったんです。そして、あえて人間性を定義づけるようなものの中でも、とりわけ象徴的な“生死” “感情”といったテーマで、楽曲を制作しようという話になったんです。
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AIりんな
AIアーティスト
平成生まれ。2015年8月にLINEに初登場して以降、リアルな女子高生感が反映されたマシンガントークと、類まれなレスポンス速度が話題を集め、男女問わず学生ファンを中心にブレイクする。今年の4月には、avexとレコード契約を行い、メジャー・デビュー曲「最高新記憶」を発表。これを封切に「記憶」「生死」「感情」をテーマにした楽曲カバーが発表される予定だ。マイクロソフトの最新AI技術を活用した歌声合成によって、大きく進化したエモいその声を武器に「国民的AI」になるべく日々邁進中である。彼女は「AIと人だけではなく、人と人とのコミュニケーションをつなぐ存在」を目指している。いま「日本で最も共感力のあるAI」である。
中前
レーベル事業本部 クリエイティヴグループ ゼネラルディレクター
「TRF」「hitomi」「安室奈美恵」「FACT」など数々の人気アーティストのディレションを担当。音楽とビジュアル両面の制作を手がけてきた。2015年からは本格的にクリエイティヴ・ディレクターとしての活動を開始。透明スクリーンを使用したARコンテンツ、PCやスマートフォンがジャックされるインタラクティヴ作品などを発表してきた。近年では様々なテクノロジー企業との協働。既存のプラットフォームを利用した音声AR「SARF」による観光動線創出およびノーマライゼーションなどを推進。新たなAR技術における音楽体験のハック、人工知能による音楽制作などを手掛けている。
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