2015年10月、中高生がスマートフォンでYouTubeを日常的に視聴している点に目をつけ、TVではなく、YouTube上でアニメを全世界配信、「モンスターストライク(モンスト)」は、スマートフォン向けゲームアプリとして、誰も足を踏み入れたことがない領域へと進んでいる。 今回は、「モンスト」に登場する数々のモンスターを描き、劇場版ではその原案や監修、新規モンスターをデザインしたモンスターデザイナーの近藤雅之さんにインタビューを実施。
映画にも登場するモンスター「アーサー」をはじめ、人気モンスターはどのような考えで描かれているのか? 世界累計利用者数3,500万人以上のユーザー、そして、特に中高生から熱狂的な支持を得ている「モンスト」のモンスター誕生の秘密に迫った。
文:恩田雄多 撮影:市村岬 取材・編集:吉田雄弥
辞めた2日後に「モンスト手伝ってくれ」
──近藤さんがモンスターデザイナーとして「モンスト」に関わるようになった経緯を教えてください。近藤 そもそものきっかけは、ゲームリパブリックという会社に入社したことですね。僕は昔から今でもそうなんですけど、自分のことを絵が上手いとは思えなくて、どっちかというとレイアウトとかデザインが好きで、デザインの勉強をして、デザイナーとして働いていました。
──ゲームリパブリックといえば、XFLAGスタジオ総監督である木村 弘毅さんとともに「モンスト」を作り上げた岡本吉起さんが立ち上げた会社です。岡本さんとの出会いが「モンスト」につながっているんですか?
近藤 厳密に言うと違います(笑)。ゲームリパブリックを退職後、何をするでもなく実家でふらふらと過ごしていたときに、元同僚から「岡本さんが新会社を立ち上げるにあたってデザイナーを探している」と聞いて、その会社の東京部署で雇ってもらうことになりました。
だけどその時つくったゲームが売れなくて、僕は会社を辞めることに。結局、東京部署もなくなってしまいました……。 近藤 ちょうど辞める時期に、ミクシィさんと進めていたプロジェクトが「モンスト」だったんです。アートディレクターをやってくれと言われてたんですけど、その時つくっていたゲームがかなり大変だったこともあり、個人的にゲームとは距離を置きたかったので、「もうちょっと無理です……」と、一度は断りました。
そのあと、最終出社日に、岡本さんに電話で別れの挨拶をしたんです。すると、「いつかまたゲームを一緒につくろう」と言ってくれて、うれしかったですね。そんな感動の余韻に浸りつつ電話を切った2日後に、岡本さんから「もう充分休んだやろ? モンスト手伝ってくれ」って連絡がきて、「早いな!」って(笑)。
中高生の世界観から外れることはやらない
──「モンスト」チーム参加に至るまで紆余曲折あったんですね。リリース前から「モンスト」に関わっていたとのことですが、最初はどういったお仕事をされていたんですか?近藤 最初の頃は彩色を担当していました。メインで(モンストの)モンスターイラストを担当されている漫画家の緒方雄一さんが描いた絵に色を付けていました。
ただ、当時は「モンスト」のプロジェクトも走り立てで、知名度も当然ないですし、良い絵を描ける人がそんなにいなかった。僕はデザイナーなのでグラフィックを手掛けつつ、イラスト制作もできたので、次第にモンスターのイラストも描くようになりました。
はじめて自分で描いたのは、すごい初期なんですけど、「ロダンズウォール」ですね。
──覚えてます! 当時、すごくかっこいいのに、なぜランクが低いんだろうと思っていました。
近藤 ありがとうございます(笑)。
その次に描いたのが「バハムート」、次が「アーサー」と「ランスロット」だったと思います。初期の頃はお蔵入りになったモンスターもたくさんいましたね。 ──「モンスト」の場合、中高生が多く遊んでいるイメージがありますが、モンスターをデザインする上で、ユーザーのことは意識しているんですか?
近藤 明確に意識していましたね。
もともとの緒方さんのテイストという面はもちろん、「モンスト」を開発するXFLAGスタジオの総監督である木村弘毅さんも、「積極的に少年漫画のテイストを推したい」と言っていたので。僕自身もその意識を引き継ぐような感覚です。つまり、中高生男子の世界観から外れることはやらないほうがいいだろうと。
──中高生男子の世界観を想像するのってなかなか難しそうですね。
近藤 男子はかっこよく、女子はかわいく──という基本は外さないように気をつけていました。ユーザーにとって、自分が使っているキャラクターが自分と異なる価値観でつくられていたらしっくりこない、プレイ中に気持ちが乗ってこないと思うんです。
あまり変わった工夫や描き方はせずにシンプルに、モンスターに「親しみ」を持ってもらうように意識していますね。 ──これまで近藤さんが描いてきたモンスターの中で、特に印象に残っているモンスターはいますか?
近藤 「チンギス・ハン」がすごく好きなんですよ。自分の分身として、すごく巨大な巨人を出して戦うんですけど、その大きさを表現するのが難しかったんです。
「モンスト」におけるモンスターデザインのレギュレーションとして、「モンストには顔の大きさに対する決まり」があります。決まりを守りつつ、キャラ設定をクリアするには、「チンギス・ハン」の本体を小さくして、後ろの分身を大きく際立たせるしかない。でもレギュレーションで本体を小さくできない……。 近藤 どうしようかと悩みに悩んでいたら、間にテントを挟めば、後ろの分身が山の向こうにいるという説明になって、大きさを変えなくても必然的にものすごく大きく見えることになるんじゃないかと。
今考えると当たり前のことではあるんですけど、当時はなかなか思いつかなくて、このアイディアは、以降の多くのモンスターにも活かされてますね。
他のアプリと同じでは、生き残れない
──「モンスト」のように、世の中には多くのスマートフォンゲームアプリが存在します。その中で「モンスト」のデザインにおいて、ほかのアプリと差別化している点やルールなどはありますか?近藤「モンスト」を制作していた当時というのは、いわゆる「美麗系イラスト」をふんだんに取り入れたコンテンツも人気を集めていて、開発チーム内でも、「美麗系に舵を切ったほうがいいのでは?」という意見は根強くありました。
ただ僕としては、他作品と同じでは長く生き残れないだろうと。独自性を打ち出すためにも、あえて流行りの方向性は選びませんでした。 近藤 「モンスト」のイラストでは、基本的にグラデーションを禁止して、すべて面取りで表現しているんです。独自性が確保できることに加えて、スマートフォンの小さい画面で見た場合を想定すると、より色がわかりやすくきれいに見えるのでデザインチームに提案しました。結果的に今でもその方向性は続いています。
──プレイ環境も考慮した上での判断ということですね。近藤さんはもともとはコンシューマー向けタイトルの会社で働かれていたと聞きましたが、スマートフォンのような小さい画面だと、デザインの違いがありそうですね。
近藤 そうですね。特に「モンスト」のような、ユニット型と呼ばれる背景の限られたモンスターイラストの場合、キャラクター性にストーリー性、さらには世界観を表現できるのは、衣装や攻撃方法などの限られた要素だけ。
たとえばコンシューマーの3Dゲームなら背景が使えます。あるキャラクターを「中国人の女の子」であると説明するときは、中華風の建物がたくさんある背景の中に立たせればいい。 近藤 でも、モンストのようなフォーマットであればそうはいかない。背景もなければ、テキスト(による説明)もないし、長いセリフをしゃべらせることもできない。その中でキャラクター性や物語性、世界観を伝えようとすると、必然的に、あらゆる要素・情報をキャラクターだけで表現する必要があります。
なので、「モンスト」のモンスターはイラストから多くの情報、そして物語性を感じ取ってもらえる設計になっているんじゃないかと思います。
──一番うまく表現できたモンスターはなんでしょうか?
近藤 あえて1つ挙げるとすれば「摩利支天」です。蜃気楼の神様で、攻撃が当たらないという言い伝えが、“怪我をしない”存在へと転じて、武士の神様としてまつられていた──という設定だったので、実態がない感じにしたらかっこいいだろうと。
──この周りにあるドットのようなものは蜃気楼なんですね! 近藤 そうなんです(笑)。社内からも全然わからないって言われて、思わず「マジで?」って言っちゃいました(笑)。
勝手にストーリーを組み立てて、「進化後は3人に分身させてみよう! お、かっこいい!」と、1人満足気だったんです。でも、発表直後、インターネット上では、カッコいいというよりはおもしろく受け止められてしまっていて、自宅に帰ってその反応を知ったときは枕にスマホを叩きつけました。「もう絵は描けない!」って(笑)。 ──Oh……。やはりユーザーからの反響は気になりますか?
近藤 すっごい気になるし、めっちゃ見ますね! 僕の場合、仕事としてゲームに携わるようになって以降、10年以上売れてなくて、自分の描いたものを誰かが評価したり、語ってもらったりという体験がずっとなかったので……。
正直、今はネガティブな意見であってもうれしいです。「アーサーって女だったんだ、かわいくないな」とか言われることもありますけど。注目してもらえること自体がありがたいなと思ってます。
神化アーサーを超えるモンスターは描けない
──ネガティブな意見ばかりではないと思うんですが、ユーザーの反応で一番手応えを感じたモンスターはいますか?近藤 ユーザーの反応……。やっぱり映画にも出てくる「アーサーの神化」じゃないですかね。
──初期のモンスターがたくさんいて、とても感動したのを覚えています。今回の映画にも出てきますよね。
近藤 ありがとうございます。背後のキャラクターを知っているのは本当に最初からプレイしている人しかいないので。
「アーサー」を神化させようとなったときに、どうすればいいんだろうとすごく悩んだんですね。人気もあったし、結構強いし。もっと衣装を派手にして、強そうな武器を持たせたりとか想像したんですけどあんまりしっくりこなくて、一回派手にする路線からは引いたんですよ。 近藤 次に「アーサー」が主人公の物語の一番最後の戦いを想像しながら描いてみようと考えました。
一緒に冒険していた仲間がみんないなくなっちゃって、遠くにいる仲間の思いを一身に背負って最後の戦いに挑むんです。
「アーサー」は光属性なので、最後の一撃を放つ時は真っ白に光ってるんだろうな、いなくなった仲間が支えてくれるんだろうなって。悩みすぎて、結果的に発表の1週間前からラフを描きはじめました。
時間がなかったので、ラフは僕が描いて、線画や色塗りは各スタッフに協力してもらう体制で、神化アーサーを完成させましたね。
──まさに神化アーサーじゃないですけど、仲間と一緒にチームで完成させたんですね。
近藤 そうですね。僕のラフから意図を汲み取って、天才的なスタッフが手伝ってくれました。イベントで発表してお客さんが盛り上がってる様子を見た時はうれしかったですね。 近藤 神化アーサーを描いてる頃は、ちょうどアニメの原案や監修にシフトチェンジする時期だったので、アプリ版に関しては、神化アーサーを超える絵は描けないつもりで描いてたんですよ。ぼくにはこれ以上の絵は描けないから、「あとは他の人に任せた!」というつもりでした。
なんですけど、いまでもアプリ版のモンスターを描く機会はありますし、映画に合わせて新しいアーサーを描けって言われた時は、「ど、ど、ど、どうしよう!?」ってなりました(笑)。 近藤 映画記念の「円卓の騎士王アーサーMV」は映画のシーンを切り取ったようなテイストを意識して、背景もアニメに合わせています。ちなみにグラデーションを使わないというルールも、今回は特別ということもあって外しているので、いつもと全然違うアーサーになっています。楽しみにしてほしいですね。
映画での動くアーサーもイメージ通りでした。これについては3Dチームの方たちにお礼を言いたいです。
映画に登場する強烈な新モンスター
──先ほどアニメのお話がありましたが、映画で近藤さんは、「モンスターデザイン原案」としてクレジットされています。具体的にはどのように関わられているのでしょうか?近藤 「XFLAG PICTURES」所属のアートディレクター兼モンスターデザイナーです。ぼくを含めて数名のチームで仕事をしています。
既存モンスターの設定画や“モンストらしさ”を表現するためのイメージボードなどの制作と監修、さらに新規モンスターのデザインと、映画・アニメに関連するゲームアプリ案件のサポートが中心ですね。新規モンスターでは「ゲノム」や「オルタナティブドラゴン」などを描いています。
──映画における“モンストらしさ”を表現するうえで、何が重要だったんでしょうか?
近藤 「モンスト」が映画になるにあたって、本当にいろんなことが期待されると思うんです。だけど、プロデューサーからは、いい意味で期待を裏切りたいという話をずっとされていました
僕もその通りだと思う一方で、好きなモンスターが活躍するシーンがないと、ファンはがっかりしてしまうのではないかとか、チームではかなり話し合いました。 近藤 そこで、脚本を制作しているときも、脚本が出来上がってコンテ作業をしているときも、僕らゲームサイドでバトルシーンのイメージボードをひたすら描いて、毎週のように監督に送り続けてたんです。ファンの期待を裏切るバランスを見誤らないように。
チームにイメージボード専門のデザイナーがいるのですが、彼らを中心に200枚以上は描いたと思います。映画の制作チームから、「こんなにたくさん用意してくれる会社ないよね」と言われるくらい。ファンを、たとえばアーサーを好きな人を裏切らないようにしたくて。 ──動くアーサーを見て感動しました……。他にも映画には既存モンスターだけでなく、「ゲノム」という、印象的な新たなモンスターが登場しますよね。
近藤 「ゲノム」で一番意識したのは悪役らしさ。そのうえで、プロデューサーから「映画は小さい子どもにも見てもらいたい」と言われていたので、楽しみに見に来た子どもたちのトラウマになるくらい、怖いモンスターにしたいなと(笑)。 ──トラウマにしてしまって大丈夫なんでしょうか……?
近藤 敵がたいしたことないと、勝ったときの感動も少ない。これはモンストのゲームにも通じる部分なので、勝利の喜びにふさわしい存在になってほしくて。正直、「ゲノム」のイメージボードが描けた時は会心の出来だと思いました(笑)。いろんな人に見せて回りましたよ。 ──たしかにイメージボードを見ると相当な怖さですね……。でもここまで強烈ではなかったような……。
近藤 そうなんですよ。ちょっと怖すぎたのか、マイルドに調整されているみたいなんです(笑)。 ──このクオリティで映画に出てきたら、本当にトラウマになるかもしれません(笑)。もう1体、予告編などにも登場している「オルタナティブドラゴン」についても、意識したポイントを教えてください。
近藤 監督からは、「子どもたちが抱きつきたくなるように」と言われました。少年とドラゴンとの友情を描いた作品なので、2人が仲良く“ギュッ”とできる見た目にしてほしいと。 近藤 最初は固い鱗に覆われたドラゴンも考えたんです。でも、巨大な爬虫類と小さな哺乳類の少年が並ぶ姿は、どうしても友だち同士に見えない、2人が心を通わせる光景が浮かんでこないんですよね。
抱きつきたくなるためには何が必要か――そう考える中で、やっぱり子どもたちは猫や犬が好きなんじゃないかと。抱きつきたくなるにはモフモフしてた方がいいんじゃないかと思って、「オルタナティブドラゴン」はふさふさの毛にしました。 ──個人的には瞳がとても印象的でした。
近藤 いくつかパターンがあったんですけど、より意思の疎通が伝わりやすい、人間に近い瞳を選びました。劇中で目がぱっと開くシーンを見たとき、「この目にしてよかった」と思いましたね。
監督からも、「怖さや迫力は演出でなんとかするので、なるべく親しみが感じられるような見た目に」と言われた記憶があります。もともと「モンスト」のモンスターは、親しみが感じられるデザインを目指していたので、映画版でもちゃんとモンストらしさを表現できたのではないかと思います。
「モンスト」は10年以上続く
──昨年10月にYouTubeでアニメの配信が始まり、今年12月に劇場版を公開。スタートから現在を振り返って、改めて現在の心境はいかがですか?近藤 正直、よくこのペースでできたなと。2年前にアニメ化の企画がスタートして、アニメ化、映画化と、徐々に認知もされて、当時の未来予想図に少しずつ近づいている気がします。 ──スマートフォン向けのゲームアプリとの連動は、当時も今も、どこもやっていない取り組みですね。
近藤 本当はもっと面白いことができると思います。僕らとしては、やりたいことはいっぱいあるのに、そのほとんどができていない状態。今回の映画化で、ようやく一歩を踏み出せたような気がしました。
──今後、「モンスト」はどのような存在になっていくと思いますか?
近藤 「モンスト」は10年以上続くコンテンツになると思います。まだ具体的には言えませんけど、さまざまな施策を計画中です。
アニメ化にあたって、普通ならモンスターが暮らしている世界で、モンスターの活躍を描くアニメにする手もあったんですけど、現実世界の中で戦うという設定にしているのは、ゲームとプレイする自分(ユーザー)をシンクロさせたいから。 近藤 今、リアルの中にフィクションをどう混ぜていくか、ということにみんなが興味を持っている時代の中で、「モンスト」はスマホアプリにありがちな“暇つぶしの遊び”という枠を超えたポテンシャルがあります。
“暇つぶし”を超えた「モンスト」の新しい価値や魅力を発信するべく取り組んでいるので、楽しみに待っていてください。
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