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  • 2020.07.31

アレンジカルチャーの可能性、群れとしての同人音楽

一般の音楽シーンにはない同人音楽の「アレンジ文化」が盛んという特性。

何故同人音楽はガラパゴス的に進化したのか、アレンジ文化の歴史と想いを「群体」を鍵に読み解いていく。

アレンジカルチャーの可能性、群れとしての同人音楽

クリエイター

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今回から、同人音楽の「音楽」について書いていこう。

同人音楽の「同人」部分、文化としての同人音楽やその根幹を成す「DTM」(デスクトップ・ミュージック)についてはこれまでに述べてきた。

普通のCDショップなどで容易に手に入れられない同人音楽の「音楽」に手を伸ばすために、今回は「アレンジ楽曲」にフォーカスをあててみることにする。

そもそも「アレンジ楽曲」って何を指すのだろうか。

いろんな人が言うように(この連載でも何度か紹介した井手口さんの本でも言及されている)同人音楽における「アレンジ楽曲」の数の多さや幅の広さは他の音楽文化にはそうそう見られない現象で、まさに特筆に値する。

商業における様々なトリビュートアルバムも近年珍しい企画ではなくなってきたとはいえ、アレンジ楽曲がひとつの「ジャンル」になるほど──たとえばTSUTAYAで「アレンジCD」の棚がつくられるほど──一般に広く認められているとは言えないだろう。

ところが、同人音楽ではアレンジ楽曲がひとつの「ジャンル」を形成しているわけだ。

昔の同人即売会では「AのB風アレンジ」というポスターや作品をよく見かけた。Aに入るのはアニメやゲームのタイトルだったり、アーティストの個人名だったりと様々ながら、Bのところには〈ボサノバ〉とか〈オーケストラ〉とか、音楽のジャンルが表記されることが多かったように記憶する。音楽ジャンルと作品ジャンルの出会いがアレンジ楽曲の魅力なのだ。

その作品ジャンル、つまり原曲はアニメやゲームが非常に多く目立つ。アレンジのジャケットやボーカルアレンジの歌詞も原作へのオマージュが多い。同人音楽のアレンジカルチャーの隆盛は「オタクカルチャー」抜きには語れない側面だなあ、と思ったりもするんだけど、アニメやゲームだけがアレンジ楽曲の全てではない、ということも知っておいてほしいと思う。

執筆:安倉儀たたた 編集:新見直

※本稿は、2014年に「KAI-YOU.net」で配信した記事を再構成したもの

目次

  1. アレンジ楽曲が広げたシーン
  2. 様々なカルチャーを取り込む同人音楽のアレンジ楽曲
  3. 作品ジャンル×音楽ジャンルの共存
  4. 原曲があるからこそ際立つ作家性
  5. クリエイターを引き合わせるアレンジの力
  6. 「群体」として認識されるということ

アレンジ楽曲が広げたシーン

同人音楽でアレンジ楽曲が隆盛したのはDTMの隆盛などの音楽環境に恵まれていたことが大きい。たとえば、DTMとMIDIによって旋律や音色を模倣しやすくなり、新しい音やリズム、bpmの変更などが容易になった。こうしたアレンジ楽曲を制作しやすい環境が整っていたことは前の連載でも触れた通りだ。

もうひとつ歴史的な経緯もある。同人音楽とアレンジ楽曲との関係は、著作権問題MIDI狩り、もしくはコンテンツ企業からのひっそりとした協力など、ほかの音楽文化とは異なる、少し特殊な発展のいきさつをたどってきた。でもこのあたりのいきさつは僕も詳しくは知らない(し、実はとっても複雑な話)のでいまはカットする。

それに、DTMやMIDI狩り、電子音楽の発展と同人音楽のアレンジカルチャーとの繋がりはまだミッシングリンクが多い。つまりよくわかっていない。技術の発展、権利や法律の問題、権利団体の動きに、聞き手やつくり手の好み──これらの経緯は非常に根が深いのだけれど、まだまだ未解明な点も多い。

でもようやく最近いろいろなことがわかってきてもいる。特にMIDIの歴史との関わりは深く、いろいろな論者がこれに注目してもいる。東京都立大学の日高良祐さんらがMIDI以降の音楽シーン(ネットレーベルなども含む)などについて近年盛んに研究している。この辺りのことに興味がある読者も多いだろう。

話を戻そう。ゼロ年代初頭では、上述したようなゲームやアニメのアレンジCDが同人音楽の「花形」だと見られていたらしい。たとえば「葉鍵系」といわれる、LeafやKeyといったメーカーのエロゲー楽曲のアレンジが好まれていて、その存在感たるやすさまじいものだったと聞く。葉鍵系アレンジは今も健在だし、もちろんその頃からアレンジ楽曲は目立つ存在であった。

エロゲー楽曲アレンジ作品の群体は「同人音楽」という言葉を広める一つの強いきっかけをつくってもいた。何を隠そう、僕が初めて買った同人CDもMintjamさんの「CLANNAD」アレンジだったのである(ドャァ)。

MintJam - Light Colors (CLANNAD Tomoyo After)

アレンジ楽曲の魅力はその親しみやすさだ。知っているゲームやアニメの作品であれば知らないサークルの作品でもちょっとは興味も惹かれるだろう。アレンジ楽曲の「親しみやすさ」は作り手の参加も促した。好きなゲームのアレンジを聴いて「あ、俺もアレンジやってみたい!」と思うのは自然なことだろうし、そうしたアレンジが「作品ジャンル」としてまとまっているのも同人音楽ならではだろう。こうした作品“群”の大きさについてはのちにも触れる。

現在でも、2007年以降「東方アレンジ」がニコニコ動画でムーブメントを起こしたことは印象深い。アレンジ楽曲群がもっているポテンシャルの大きさが知られる一例だと思うけれど、ここまで多数の、しかも良質のアレンジ楽曲をつくり出すことに成功したコンテンツは(幸運にも恵まれたにせよ)さすがにめずらしい。

でも、こうした“アレンジ楽曲”の魅力はその原作の多様性にもある。葉鍵系→ラグナロクオンライン→東方→艦これのような形で、隆盛を誇る各作品ジャンルの変遷を追うことが、アレンジ楽曲の音楽史であるかのように語られる場合もある。けれども、他の作品のアレンジも常に(それもまた多数)存在していたのだから、ちょっとアンフェアな見方かなと思う。

IOSYS『東方紫雨天獄』

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