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  • 2023.06.10

「ラップスタア誕生」の眩しさ──その光はとある“闇のラッパー”の未来をも照らした

これは「ライブレポート」であると同時に、手のつけられないくらい卑屈なハハノシキュウというラッパーが「ラップスタア誕生」を通して変わっていく物語である。

「ラップスタア誕生」の眩しさ──その光はとある“闇のラッパー”の未来をも照らした

All Photo ©Tany

クリエイター

この記事の制作者たち

そして次はオレも誰かにとっての星を担うTha BOSS feat.JEVA「STARS」

キングギドラの「空からの力」というアルバムにはZEEBRAK DUB SHINEのソロ曲がそれぞれ1曲ずつ収録されている。

ZEEBRAのソロ曲のタイトルは言わずもがな「フリースタイル・ダンジョン」だ。

そして、K DUB SHINEのソロ曲のタイトルは「スタア誕生」である。

この2曲のタイトルが、のちにヒップホップシーンを2方向からそれぞれに広げる間口をつくることになるとは夢にも思わず、若かりし頃の僕は熱心にこのアルバムを聴いていた。

今でもこのアルバムを聴くとリリックが書きたくなる。

ラッパーに『リリックを書きたい』と思わせた

これ以上の賛辞はもしかしたら無いのかもしれない。

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「ラップスタア誕生」のオーガナイザー・RYUZO

ラップスタア誕生」は2017年に「フリースタイルブームへのカウンターになればいい」とMAGUMA MC’sのRYUZOの立案で始まった。

今年が「第6シーズン」となり、応募総数は過去最多の3457人だったそうだ。

その最終審査「ラップスタア誕生2023 FINAL STAGE」が5月26日にClub eXで行われた。

目次

  1. ハハノシキュウが「ラップスタア誕生」を避けてきた2つの理由
  2. ハハノシキュウから読者へ
  3. 「ラップスタア誕生」を通した、もう一つの物語
  4. 「ラップスタア誕生」におけるドレスコード
  5. 「スタアって、いい奴であるのと同じくらい嫌な奴じゃないとあかん」
  6. 1番手は優勝できないジンクスをものともしないKay-on
  7. 7という引力
  8. Spadaが乗り越えた壁
  9. 自分をチャンピオンと思い込み続けたShowyVICTORに降った拍手と歓声
  10. AMOが背負っていたものと、この日の天運
  11. 訪れたのは、この上ない大団円 満場一致の優勝
  12. もう一つの物語

ハハノシキュウが「ラップスタア誕生」を避けてきた2つの理由

「ラップスタア誕生を初年度から欠かさずに全シーズン観ている」という人に向けて、僕から特別言えるようなことは正直ない。

包み隠さずに言うと僕は今年度の「ラップスタア誕生」で初めて本番組をちゃんと観た。だから、今年の優勝者が僕にとって初めてのスタアと言ってもいい。

今まで番組を観ていなかった理由は大きく分けて2つある

1つ目は普通に初年度の放送を見逃していて、後追いするのが面倒になってしまったからだ。どうも、こういうものは最初からチェックしていないと途中からは観る気になれない。「高校生ラップ選手権」も第1回から観ていたから続けて観られた節がある。逆に『ドラクエ』も『FF』もそういう入り口を逃したせいで1作もプレイしたことがない。

とにかく、そんなわけで今さら「第1シーズン」から遡ってチェックする気にはなれず、自分から番組を遠ざけていたというわけだ。

2つ目は完全に僕の劣等感というか「ラップスタア誕生」に出ている側のカースト上位感みたいなものに目を背けたくなってしまったというのがある。もっと言えば、僕はいまだにバトルMCコンプレックスみたいなものがあって、どうしても自分が“イケてない側の人間だ”という固定観念を拭いきれずにいる。

実際「ラップスタア誕生」で結果を残した人間の曲がバトルビートとして使われたり、ファイナリストがアリーナクラスのバトルに“初バトル”として呼ばれたりしている。その時点で“そりゃ当然だけどバトルでしか数字を取れなかったら下に見られるよな”と思ってしまう。そもそも僕はアリーナクラスのバトルにお呼ばれすらしていないわけだし。

みうらじゅんの自伝的小説『アイデン&ティティ』にこんな一節がある。

不幸なことに、不幸なことがなかったんだみうらじゅん『アイデン&ティティ』

これはみうらじゅんのロックンロールに対するコンプレックスを真摯に表した言葉だ。

僕はヒップホップというものと向き合う度に、この一節を呪いのように思い出していた。そして、その度にヒップホップに絶望したりしていた。

意識的に「ラップスタア誕生」を遠ざけていたのは、まさにそういう感情から目を背けていたからだ思う。

まさか、のちのち意識的にではなく“無意識に”遠ざけていた理由が見えてくるとは思ってなかったが

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ラップスタア誕生2023 FINAL STAGE出場の5人

ただ、そんな僕も「大人にならなきゃな」って部分が大なり小なりあって、色んな葛藤とか劣等感を飲み込んで「今年こそはラップスタア誕生を観てみよう」と思えたわけだ。まあ、気持ちがそうなるまで5年くらいかかったのだけど。

そのきっかけをつくったのはKay-onだと思う。「第2回高校生ラップ選手権」をリアルタイムで観ていたのもあって(GOMESSとの決勝戦で感動したのも覚えている)、あそこで優勝したKay-onの動向が長編漫画の回収されていない伏線のようにぼんやりと頭の中に残り続けていたからだ。

第2回高校生RAP選手権 決勝バトル Kay-on vs GOMESS

満を持して、僕は「ラップスタア誕生」をシーズン通してリアルタイムで楽しむことができた。

そして偶然にも、5月26日の「ラップスタア誕生2023 FINAL STAGE」は現地で取材させてもらえる運びとなった。(たまたまこのタイミングで番組を観ていなかったらこの仕事は断っていた)

ハハノシキュウから読者へ

今、この文章を読んでいる皆さんにあらかじめ断っておきたいことがある。

「ラップスタア誕生」のFINAL STAGE当日、ABEMAの担当者に「好きに書いちゃって大丈夫です」と言われた。社交辞令を込めた感じではなく「本当に好きにしてください」ってニュアンスで。

わりと僕は従順にライブレポートを書き連ねていくつもりで観覧していたが、審査員一人ひとりのコメントを聞いて「別に僕が後追いで言語化するべきことは特別ないのでは?」と思い始めていた。僕がどんなカードでライティング勝負を挑んでも、審査員の中の誰かがもうそのカードを切ってしまっている。それくらい隙のない審査だったと思う。

だから、僕は開き直って本当に好き放題に書かせてもらうことにした。ということを読者の方々に断っておきたいのだ。

本来なら記事の裾野を広げるために、書き手のキャラとか生い立ちを前面に出さない方が、よりポップ(普遍的)に読んでもらえるだろうし、それが記事としての正解なのはわかっている。しかしながら、僕はどうあがいても“正解”を目指すことに向いていない人間らしい。もっと言えばそういう努力ができない人間らしい。

はっきり言って「ラップスタア誕生」は僕のような人間には眩しすぎるコンテンツだったのだ。

「ラップスタア誕生」を通した、もう一つの物語

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ハハノシキュウ

とりあえず僕のことは一介の売れないバトルMCとして認識していただいて構わない。これはそういう視点の話だ。

そもそも、僕がどうしてMCバトルに出たいと思ったのかというと“頑張らなくてもできそう”だったからだ。

だから「ラップスタアになりたい」と思ったことは今まで一度もない。音楽的にもヒップホップで天下を獲るという意識ではなく、むしろオルタナティブを宗教にしてストライクゾーンからやや外れた場所を好んで創作活動をしていた。

これはヒップホップシーンにおけるアングラという言い方とも違うと思う。今になって思うと、MCバトルはそんなヒップホップコンプレックスを抱えた僕にとって唯一の受け皿だったのかもしれない。

売れ線とは呼べない採算度外視の活動をしていると普通は赤字にしかならないし、長続きしない。ところが僕は幸運なことに稼ぎ自体は大きくなくとも、デビュー時から長年ずっと黒字で活動させてもらっている。

同時に、家庭環境も普通で特別曝け出したいと思えるほどの“何か”を持っていない。

信条があるとすれば、いかに努力しないで続けていけるかってことばかりを考えている。そういう意味じゃ中二病が治っていないのだと思う。

そんな僕のスタンスでも、ブレそうになったり折れそうになることは多々ある。「練習した方がいい」「もっと頑張った方がいい」「目標を決めて努力した方がいい」「いい大人がそういう姿勢なのはよくない」そういう意見をくれる人間が幸運にも周りにはいるし、それはもっともだと思う。

何より、MCバトルのシーンが昔に比べて明らかに“努力の時代”になりつつあることに辟易している自分がいた

「相手の言葉を拾って、最初の2小節でアンサーを返しつつ4小節目のケツで綺麗に韻を踏んで、なおかつ一番のパンチラインを温存しておいて8小節目で落とす」

これはあくまで一例だけど“正解”に近い文法が年々色濃く可視化されている。

受験勉強とかと一緒で決まった“正解”に向かって努力すれば、誰でも合格ラインに近づくことはできる。

僕はそれに嫌気がしていた。

わかりきった“正解”を目指して努力をするという行為が、おそらく生理的に受け付けないのだと思う。

試しに去年“正解”を目指して僕なりに真っ当な推理小説を書いて出版したが、みんながこんなにも苦しい思いをして目に見えた正解の完成度に向き合っていたのかと心底絶望したくらいだ。(これに関してはそれなりに努力したつもりだ)

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ハハノシキュウ『オルタナティブ・ラブ』Via Amazon

その上で僕の性根は“正解”のわからない暗闇を一人きりで走っていく尊さとか儚さを肯定をしたいと思ってしまっていた。

つまり何が言いたいかというと、大した努力もせずに胡座をかいて生きてきた人間の言い分としてはいささか理不尽かもしれないが、“努力の時代”によって自分の仕事が減るという現実にはどうしたって心が腐りそうになってしまうのだ。

話が信じられないくらい遠回りになってしまったが、これも必要な遠回りだ。

「ラップスタア誕生」だって、完成された曲を聴けるまで視聴者はそれなりの遠回りを強いられる。しかし、その遠回りが楽曲を際立たせているのは明白な事実だからだ。

これは「ライブレポート」であると同時に、手のつけられないくらい卑屈なハハノシキュウというラッパーが「ラップスタア誕生」を通して変わっていく物語だ

「ラップスタア誕生」におけるドレスコード

多くの人間を惹きつけるものは言ってしまえば“正解”だ。

“正解”こそ正義であり、その正義が努力を怠らないことでようやく“正解”の向こう側に行ける

「ラップスタア誕生」において言えば“正解”は目に見えている。

“ラップが上手いこと”だ。

もっと具体的に言えば“音楽的に正しい”ことだ。

2次審査の「AREA TRIAL」の時点で、3457人の応募動画から選ばれた精鋭たちはそのほとんどがすでに“正解”を辿り着いていた。

ピッチやリズムの正確さだったり、声の抑揚のつけかただったり、様々な“正解”を重ねて自分という面積をつくっていく。

【フル公開中】ラップスタア誕生 2023 #1 | SEEDA絶賛の猛者が続々登場!AREA TRIAL地方予選が開幕

3次審査の「SELECTION CYPHER」からはその“正解”を当然の最低基準として、プラスアルファを求められていたように感じた。

例えば、動きや振る舞いとか、服装とか、名前のセンスとか、手書きのサインとか、声とか、要約すると“正解”のないものを見ていたステージなのかもしれない。

しかも、厳しいことに前述の正解をクリアした上での話だ。

【SELECTION CYPHER グループE】LOM / Young zetton / Whoopee Bomb / T.U.G. / AMO|ラップスタア誕生 2023

4次審査の「HOOD STAGE」に残った10人は、天才が努力をしている世界と言える。

生まれ持った才能だけでは足りない。そんな茨の世界だ。

しかも、このステージからさらなる正解が追加される。

それはヒップホップとしての正解、すなわち「生い立ち」だ。

【7】和歌山から世界を目指す 超個性派フィメールラッパー / ラップスタア誕生 2023【HOOD STAGE】

「AREA TRIAL」の時点ですでに答えはわかってはいたが、私小説的なリリックであることがドレスコードなのだ。

そもそも応募要項に「オーディション参加者は、指定の「ビート(音源)」から1曲を選び、自己紹介の「リリック」を乗せた【パフォーマンス動画】を投稿」とはっき書かれているのだから、当然と言えば当然だ。

もちろん、英語を多用したりフロウで聴かせたりする人間もいたが、本質は全員私小説だったと思う。歌詞の中の一人称と、ラップしている本人がイコールで結ばれる

だから、このステージでは私小説としての“正解”を求められていたと思う。

僕がここまで書いた文章をたった16小節のバースに要約しなさいと言われているようなものだ。

無駄に長い前振りの文章もそう考えたら必要に見えてくると思う。

人によっては5年、10年、いや、20年以上の歳月を16小節に込めるだろう。それが私小説でありリリックだ。

そして、それは僕がもっとも苦手とする作業だ。

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ヒップホップに真っ直ぐに向き合えず、自己紹介を歌詞にしない、そんな僕のような人間にすれば「HOOD STAGE」なんて異世界だ。出場者たちはそんな生い立ちの中からヒップホップとしての“正解”を各々に見つけ出し、自分の人生に蹴りをつけていたように思える。

それは僕が目を背けてやってこなかったことだ。

やっぱり自分もいい加減、重い腰を上げて頑張るべきなのでは? 努力するべきなのでは?

そんな焦りが普段着ない背広のように身体を圧迫する。

「スタアって、いい奴であるのと同じくらい嫌な奴じゃないとあかん」

5次審査の「RAPSTAR CAMP」でようやく「ラップスタア誕生」という番組を通しての各々の“答え”のようなものに辿り着く。

ここで言う“答え”というのは新曲のことだが、その新曲が“正解”からずれていないことはもう当然として、あとは“選ばれる側”の人間の持つ理屈ではない“何か”が試される

【ShowyVICTOR】“新しい自分をみつけられた” / ラップスタア誕生 2023【RAPSTAR CAMP】

この5次審査は個人戦のような形式をとっており、対戦相手と同じビートで新曲をつくり、勝負をするという形になる。

勝者4人と敗者復活の1人、計5人がファイナリストとして選出される。

制作期間は24時間、レコーディングの制限時間は1時間というのもあり、このステージでは鍛錬よりも才能を重視されているように見える。ライブの上手さとレコーディングの上手さは全くの別物と言ってもいい。ここでは後者のスキルと瞬発力が試される。

逆に最終審査の「FINAL STAGE」では、時間の許す限り練習をして仕上げていくことができる。

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審査員のRalph

審査員のRalphが「(自分がラップスタア獲った時は)100時間以上スタジオ入ってました」と言った瞬間、手綱が一気に締まったのを感じたのは僕だけではないはずだ。

共感してもらえるかわからないが、僕にはこのRalphの言葉が気持ちを引き締める薬であると同時に「正しさのナイフ」にも見えてしまっていた。頑張ることの当然さ、ストイックさが怖いとすら思ってしまっていた。

スタアって、いい奴であるのと同じくらい嫌な奴じゃないとあかんと思ってて

R-指定の言っていたその言葉は、もしかしたらそんなストイックさが周りとズレていくことの孤独と、それでも仲間を大事にし続ける難しさについて言っていたのかもしれない。

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審査員のR-指定

そして、僕はそんな「正しさ」との距離感に頭を悩ましながら、何をやっても頑張れない自分が惨めに思えていた。

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