Interview

  • 2022.05.09

ハハノシキュウ×佐藤友哉「ヒップホップの『俺のリアル』というフィクション」

2020年に開催したトークイベント「遊ぶ人集会」vol.3 「小説の言葉、ヒップホップの言葉」。次回開催時にレポート掲載予定だったが、その後2年間、イベントを開催できなかった。

この度、2022年5月11日に2年越しの開催が決定したため、特別掲載!

ハハノシキュウ×佐藤友哉「ヒップホップの『俺のリアル』というフィクション」

『フィクションだ』って言って書いたほうが真実に近かったりする

これは、ラッパーにして小説家・ハハノシキュウの言葉だ。

青森県出身、2013年に処女作品集『リップクリームを絶対になくさない方法』を発表。数々のMCバトル大会でも活躍し、異様な風貌から放たれる容赦のないラップで存在感を発揮。その強いキャラクター性を観客の脳裏に焼き付けてきた。

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ハハノシキュウ

『ヒップホップ』ってのは、本当にあったことを歌ってるんですか?

これは、イベントを開催した2020年で作家生活19年を数える小説家・佐藤友哉の口をついて出た素朴な疑問だ。

2001年にメフィスト賞を受賞して19歳でデビュー。彼の前後に同じくメフィスト賞からデビューを果たした舞城王太郎西尾維新らと共に、ゼロ年代作家として小説界を席巻した。

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佐藤友哉

どちらも2020年9月に開催されたオンラインイベント「『遊ぶ人集会』vol.3 ハハノシキュウ × 佐藤友哉」にて飛び出した言葉だ。同年4月に開催を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の拡大により一度は中止した対談のリベンジとして開催された。

ハハノシキュウは、言うまでもなく、日本のヒップホップ界ではどうしようもなく異端だ。佐藤友哉は、推理小説でデビューしたもののミステリー界の読者からは異端視され「弾かれた」。

「探偵小説とヒップホップは似ているし、佐藤友哉とハハノシキュウも似ている」(「ヒップホップは探偵小説か? ハハノシキュウと佐藤友哉、異端(青春)作家の邂逅」より)

これは司会を務めた「KAI-YOU Premium」編集長・新見直の言葉だ。

推理小説には推理小説の様式が、ヒップホップにはヒップホップの様式がある。だからその様式から外れた2人も似ているはずだ。

異端同士、ヒップホップと小説、異なるジャンルのクロスオーバー。である以前に、ハハノシキュウにとっては敬愛する小説家との対談でもある。

奇しくも、ハハノシキュウの小説2作目『ビューティフル・ダーク』、そして佐藤友哉の作品「潔癖の密室」が収録された『ステイホームの密室殺人 2』が、共に同時期に同じ出版社から刊行された。

そんな2人が交わした、互いの作品についての話、全盛期を経験した後の話、虚構を使って真実を書こうとする話、ヒップホップにおけるリアルの話。一方はぽつぽつと、他方はとうとうと、語らい更けたイベントの模様を改めてお届けする。

目次

  1. 「これだったら俺もできる」2人の直感
  2. “型を外す”ラッパーと小説家
  3. 「星の時間」が終わった後に来たもの
  4. ハハノシキュウが刺激を受けた、コロナ禍で唯一のラッパー
  5. 虚構でしか書けない真実がある
  6. ヒップホップの一人称問題
  7. 『俺のリアル』という虚構とリアル

撮影:I.ITO

「これだったら俺もできる」2人の直感

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2人は、これが初めての邂逅ではない。

「最初は、僕が『転生! 太宰治』という小説の中でヒップホップの要素を入れたいので誰かいないか、と話をしたら星海社の人がシキュウさんを紹介してくれた」と説明するのは佐藤友哉。

2018年頃のハハノシキュウはまだ小説家デビュー前。「何回も(小説の原稿が)ボツってた頃」とハハノシキュウも振り返る。

ハハノシキュウの小説家デビューは、SNSに上げていた写真がきっかけだったという。「その本棚に『ファウスト』が全巻あったのが、決め手だったみたいで」それを見た星海社の編集が、ハハノシキュウに小説の執筆をオファーしたのだという。

そう説明しながらハハノシキュウが持ち出す『ファウスト 2008 SUMMER Vol.7』には、佐藤友哉のサイン。刊行された2008年当時、書店員だったハハノシキュウは店頭にこの本を並べていた。同年は、彼がラッパーデビューを果たした年でもある。

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2003年に創刊された文芸誌『ファウスト』。講談社が刊行していた文芸雑誌『メフィスト』から生まれた文学新人賞「メフィスト賞」受賞者である舞城王太郎、佐藤友哉、西尾維新らが中心となって制作された同人誌『タンデムローターの方法論』をきっかけに、講談社から太田克史編集長という体制で刊行された。小説に限らず、漫画やイラスト、批評などを掲載し、ゼロ年代に存在感を発揮した

「もともと小説家になりたかったんですよ」

ハハノシキュウは振り返る。ラッパーは第3希望。バンドもやりたかったが、楽器の才能も友達もいなかった。小説は書いてみたが「自分を信じられなかった」ハハノシキュウは、書き出したものの最後まで完成させられないまま大学4年で筆を折る。

ちょうどその時、流行っていたMCバトルと出会う。

「衝撃を受けたと同時に、これだったら俺もできるって思って」(ハハノシキュウ)

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自分の場合は小説がそうだったと佐藤友哉も同意する。小説家としてデビューする以前から、佐藤友哉は「小説だったらできる」と考えていた。ただし、「小説にたどり着くまでに、全部やりました」。

「以前、小説家同士で、小説に至るまで他の(表現)に挑戦したかという話になって。僕も含めて、全員『全部やった』って言ってました。漫画も描いた。絵も描いた。ラップはちょっと聞いてないですけど、音楽もやった。運動もした。

だから、何か一本に集中してやるとか、俺はこれだけを目指すんだとか、それは間違いだと思う。一つの分野で鍛錬を積むのがいいっていう洗脳を受けてるだけで、本来は、全部同時並行的にやるんですよ。一本しかやらないほうがカッコいいって時代じゃない。それが令和だと思う」(佐藤友哉)

“型を外す”ラッパーと小説家

ハハノシキュウには、あこがれの人物が3人いた。その一人が対談相手、佐藤友哉その人だ。「ART-SCHOOLの木下(理樹)さんに最初なりたくて、次がラッパーの環ROYさん。そして佐藤さんでした」

佐藤友哉からの影響を、ハハノシキュウは公言してきた。『ビューティフル・ダーク』と同時期に発表された佐藤友哉の小説「潔癖の密室」については「最後、落とさないと思ったら、ちゃんと落としてましたね」とハハノシキュウ。

型から外れた作風を得意とする佐藤友哉、その熱心な読者であるハハノシキュウだけに、その一周した意外さが驚きをもって受け止められた。

「僕もバトルの時に、普通にビートに乗ってラップすると『ラップが上手い』ってよく言われるんですよ。そのときの気持ちに感じに近いがします」(ハハノシキュウ)

アンソロジー『ステイホームの密室殺人 2』はタイトル通りのお題に6人の小説家が挑む。こんなに本気で小説を書いてる人達が集まるアンソロジーは久しぶりだと佐藤友哉は言う。「だいたい誰か手をぬいたり駄作もあるんだけど、今回のはハズレ無しなんですよ」。

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『ステイホームの密室殺人 2 コロナ時代のミステリー小説アンソロジー』(星海社)

それを屁理屈で乗り切ろうとすると、意図がなくても「アイツ逃げたな」と読者が捉えてしまう。自身お得意の“型を外す”作風を封印して「正々堂々やってみたら、意外と傑作になったな」と自身でも満足の出来。

「シキュウさんもそうですよね。そつなくこなすこともできるのに、あえて外したり、あえて本来みんながやるべきものをやらなかったりして。だいたいその格好だって……」(佐藤友哉)

ヒップホップの型からは外れてるわけじゃないですか、とハハノシキュウの異様な風貌を指摘する。

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この格好は自意識の問題なのだ、とハハノシキュウは返す。「単純に恥ずかしがり屋なんです」。

MCバトルもハハノシキュウからすれば、全裸で殴り合ってるようなものらしい。せめて顔くらい隠させてくれよ──。

「星の時間」が終わった後に来たもの

そんなハハノシキュウの小説第2作『ビューティフル・ダーク』について、佐藤は「続編を書いたことにまず感心した」と語り始める。

「どうして続編にしたんだろうと思った。単発で終わらせて、次は全然ガラッと変えますっていうのが、小説家じゃない書き手の人には多いんですよ。ところが、シキュウさんはシリーズもので来た」

その1年前、小説デビュー作として刊行された『ワールド・イズ・ユアーズ』。『ビューティフル・ダーク』は、その続編に当たる作品だった。

続編で探偵小説という形式は、佐藤友哉自身や京極夏彦森博嗣、舞城王太郎、西尾維新など講談社ノベルスの作品の特徴でもある。

「ホームズやポアロ、探偵小説はシリーズという伝統があるんですよ。そして1作目って、デビュー作だからある意味無敵。何でもできるじゃないですか。作家の資質や方向性が出てくるのは次から、2作目からが本番なんですよ」(佐藤友哉)

実際、ハハノシキュウは、先人たちの作品を意識したという。

佐藤友哉の鏡家サーガ2作目『エナメルを塗った魂の比重 鏡稜子ときせかえ密室』、西尾維新の戯言シリーズ2作目『クビシメロマンチスト』、そして舞城王太郎の奈津川サーガ2作目『暗闇の中で子供』──これらの作品が、念頭にあったという。

佐藤友哉は、「またピンポイントな時代を意識しましたね」と苦笑しながらも、ハハノシキュウの小説家デビューに「あぁ、自分がやってきたことは間違ってなかったな」と励まされたのだという。

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「(同世代の)他の人達を古く言うのは申し訳ないけど、僕はもう古い人間なんで」(佐藤友哉)

イベントが行われた2020年で、佐藤友哉は作家生活19年目。自身が作家デビューした後に生まれた小説家と出会うこともある。

「一回、自分が主役のステージはもう終わったんだなって。落ちていくとか消えていくとかそういう話ではなくて、自分の星の時間が終わったと。だから、一回ストップしようかなと」(佐藤友哉)

事実、佐藤友哉は2020年まで、作家としてはしばらく活動休止状態だった。結婚後、仕事にがっつかなくなった自分を振り返り、これは「育休」なのだと気づいたという。

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「星の時間が終わった」後で