“べサチ、べサチ、べサチ”というブランド名を連呼する中毒性の高いサビは、彼らを瞬く間にスターダムへとのし上げると同時に、ヒップホップ・ミュージックを“Versace以前とVersace以後”に二分してしまうほどに業界に大きな影響を及ぼしました。
彼らの特徴的なラップのフロウ(歌いまわし)は「Migos Flow」もしくは「Triplet Flow」と呼ばれ、日本語ではそのまま3連符フロウと訳されています。
2019年現在のヒップホップチャートを見渡してみても、この3連符フロウを楽曲に取り入れていないアーティストを見つける方が難しくなってしまいました。
今回は、この「Migos Flow」を含めてラップのフロウについておさらいしつつ、その延長線上にあるScotch Snapsという新たなフロウのトレンドについてお話します。
フロウ=ラップのリズム・デザイン
譜面で見るEminemの代表曲"Lose Yourself"/画像は「The Rapper's Flow Encyclopedia」より
早口で迫力のあるフロウ、ゆっくりとした安定感のあるフロウ、フリーキーと形容される変則的なフロウ。ラッパーごとによって得意なフロウがあり、時代によってフロウのトレンドも変わります。
まずはそのフロウというものを具体的かつ視覚的に捉えていきましょう。
ヒップホップに限らず、多くのポップ・ミュージックは4/4拍子で作曲されています。これは簡単に言ってしまえば「(1)ドン、(2)タン、(3)ドン、(4)タン」の1ループで1小節ですよ、という意味です。
よくラッパーが、「16小節に込めた俺の思い」といったようにラップするのを耳にしたことがあると思います。あれは、「ドン、タン、ドン、タン」が16回ループされる中で歌詞の一塊をラップするのがヒップホップでは一般的だからです。この16小節のくくりを「VERSE(ヴァース)」とも呼びます。
ちなみに、ブルース・ミュージックにおいては12小節が基本的なコード進行のくくりとなっており、多くの音楽ジャンルでそうした「かたまり」が存在します。
一般的には、この「ドン」と「タン」をそれぞれ4分割して、
ド(ン)ツツツ/タ(ン)ツツツ/ド(ン)ツツツ/タ(ン)ツツツ
という風に、1小節の間に16個のビートを刻む様にラップします。つまり、ラッパーの頭の中では、1小節=16分音符が16個並んでいる、とイメージされているわけです。
4分音符の倍数の例/画像は「The Truth About Migos Flow」より
この16ビートに文字を詰め込まずに休符(以下の□マーク)を入れると、次の小節までに少し間が空きます。休符を入れることによって、安定感や余裕を感じさせる、いわゆるレイド・バックな(ゆったりとした)雰囲気を醸し出すことが出来ます。(1)ドツツツ/(2)タツツツ/(3)ドツツツ/(4)タツツツ
↓
(1)□□□□/(2)□□□□/(3)□□□□/(4)□□□□
↓
おれらま/じらっぷ/だいすき/なやつら
(俺らマジラップ大好きな奴ら)
もちろん4分音符の倍数であれば、そのラッパーのスキル次第でさらに遅くも早くもラップが出来るので、様々なリズムを刻むことが可能です。例:
おれらま/じらっぷ/あいして/る□□
また、その反対に頭のビートを休符にすることによって、直後にくる単語の印象を強めるという効果が期待出来ます。
例:
□□おれ/らまじら/っぷだい/すきだぜ
日本では漢 a.k.a. GAMIさんが倍速フロウ、つまり32分音符でラップのビートを刻む名手としてもお馴染みです。通常の16分音符でラップしていた状態から、一気にギアを上げて32分音符に切り替えたときの彼のラップは圧巻です。
ラッパー独自のフロウを獲得することが、その他大勢との差を付ける一つのカギになります。
伝説のラッパー・Rakimは80年代後半以降のフロウの礎を築いたとされていますが、彼もまず16個の「・」(ドット)を白紙に書いてから、そこに音節を当てはめていく形でリズムをデザインしているとヒップホップドキュメンタリー『THE ART OF RAP』で明かしています。
これらのことを意識しながらラップを聴いてみると、きっとヒップホップが今まで以上に楽しめるのではないでしょうか。
ラップの可能性を広げた3連符フロウ
それでは3連符フロウ、通称「Migos Flow」は従来のフロウとどう異なるのでしょうか。
従来のフロウは1小節の中の「ドン、タン、ドン、タン」をそれぞれ4分割して、16個のビートに刻んだ上で言葉をハメていると説明しました。
「Migos Flow」が革新的だったのは、この従来のビートの刻み方を変えてしまったことです。3連符フロウの流行を決定づけた「Versace」のサビを、これまでの要領で譜割りに起こしてみましょう。
なんだか文字化けを起こしたWebページのようですが、従来のフロウとの違いがこれで一目瞭然になったのではないでしょうか。Versace Versace Versace Versace
Versace Versace Versace Versace
Versace Versace Versace Versace …
↓
Ver・sa・ce / Ver・sa・ce / Ver・sa・ce / Ver・sa・ce
Ver・sa・ce / Ver・sa・ce / Ver・sa・ce / Ver・sa・ce
Ver・sa・ce / Ver・sa・ce / Ver・sa・ce / Ver・sa・ce
↓
ベサチ/ベサチ/ベサチ/ベサチ
ベサチ/ベサチ/ベサチ/ベサチ
ベサチ/ベサチ/ベサチ/ベサチ
↓
(1)ドツツ/(2)タツツ/(3)タツツ/(4)タツツ
(1)ドツツ/(2)タツツ/(3)タツツ/(4)タツツ
(1)ドツツ/(2)タツツ/(3)タツツ/(4)タツツ
↓
(1)□□□/(2)□□□/(3)□□□/(4)□□□
(1)□□□/(2)□□□/(3)□□□/(4)□□□
(1)□□□/(2)□□□/(3)□□□/(4)□□□
そうです。従来のラップがこれまで「ドン」と「タン」を4分割していたのに対して、Migosはこれを3分割したのです。
そうすると、同じ言葉を繰り返す面白おかしさと聞き慣れないリズム感のラップが相まって、これまでにはないキャッチーさが生まれました。Migosは4、8、16という既存のビート感から脱却し、3という数字をもって新たなフロウを獲得したのです。
画像は「How the triplet flow took over rap」より
ヒップホップ・ミュージックの進化とビート解釈の変化
3連符フロウの誕生は何よりも"トラック"の進化によってもたらされたものです。ラップの後ろで流れているバック・ミュージックのことを「トラック」もしくは「ビート」と呼びます。ここではリズムの単位を示す「ビート」との混同を避けるために、「トラック」で統一します。
それまでヒップホップのトラックにおけるBPM(※)の主流が90-110だったのに対して、2010年代以降のシーンではBPMが70〜80のものが人気を博しました。この遅めのトラックに特徴的な「チチチチチチ」と鳴るハイハットを混ぜたものが、昨今流行しているトラップ・ミュージックと呼ばれるものです。
※:Beats Per Minute。1分間の拍数を指すテンポ(リズムスピード)の単位。数字が大きいほど早いテンポとなる
ビートのBPMが遅くなる、つまり「ドン、タン、ドン、タン」の間が長くなると、ラッパーにとっては必然的に言葉を詰める隙間が増えることになります。これこそが、3連符フロウ誕生の布石になりました。
「ドン、タ(1)、タン、タ(2)、ドン、タ(3)、タン、タ(4)」
ラッパーたちはこのようにビートを解釈し始めました。
ビートの解釈は「ドン、タン、ドン、タン」から「ドン、タ、タン、タ、ドン、タ、タン、タ」へ/画像は「How the triplet flow took over rap」より
その試行錯誤の中で再発見されたのが、8分音符や16分音符といった4分音符の倍数からは外れた、3連符というリズムでした。
3連符自体は音楽史の中では珍しいものではなく、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」に代表される普遍的なリズムです。
三連符フロウのルーツを探った以下の動画では、Public EnemyやBone Thugs-N-Harmony、Three 6 Mafiaなどが先駆けて三連符フロウを取り入れていたことが語られています。
日本でもKOHHさんを代表とする新世代のラッパーが輸入してから、そのフォロワーが国内で爆発的に増えることになりました。
3連符フロウに続く新トレンド「Scotch Snaps」
ここで本題のScotch Snaps(以下、スコッチ・スナップ)について紹介していきたいと思います。スコッチ・ウィスキーでもお馴染み、スコットランドの民族音楽が発祥のリズムです。詳しい説明に入る前に、下の動画でスコッチ・スナップが実際に取り入れられている楽曲の例をご覧下さい。(00:16頃から)
言語のリズムがその国の音楽に与える影響
これまでのフロウの解説に則って、スコッチスナップを音符に起こしてみましょう。トラップをはじめ最近の楽曲における
— 小林雅明 (@asaakim) March 13, 2019
「3連フロウ」ではなくて、
「スコッチ・スナップ」
に焦点をあわせた考察。アリアナ・グランデの"7 Rings"に含まれる「スコッチ・スナップ」の意味するものなど、いろいろ興味深い。https://t.co/H1cDp6JgaC
強拍の16分音符に弱拍の付点8分音符に連なっています。
つまり、「タタッ、タタッ、タタッ、タタッ」という強い「タ」の後に弱い「タッ」が続くリズムです。
このリズムは、古くは17世紀頃のバロック音楽などでも使用されていたのですが、なぜ今になって多くのアーティストが取り入れ始めたのでしょうか。その答えは、流行のBPMとアメリカ英語のアクセント・リズムの関係にあります。
英語のアクセントと言えば、センター試験で頭を悩ませた読者の方も多いはずです。試しにアメリカ人になりきったつもりで、「Teenage Mutant Ninja Turtles」とリズムよく発音してみて下さい。出来ればそれぞれの単語の頭を強めに発音するように意識するとなお良いです。
口に出してみたときの語感がなんとなく良いのではないでしょうか。これは四つの全ての単語を連続で発生したときに、「強弱、強弱、強弱、強弱」というリズムが生まれるからです。Tee/nage、Mu/tant、Nin/ja、Tur/tles
↓
ティー/ネッジ、ミュー/タント、ニン/ジャ、ター/トルズ
このように、アクセントの強い音節の後に弱いアクセントの続く単語やフレーズのことを文字通り強弱格と呼びます。
アメリカ英語は他の西洋言語と比べても、この強いアクセントの音節が短く発声される傾向にあるということが言語学者の研究によって分かっています。具体的な数字を挙げると、強いアクセントが100ms、つまり0.1秒程の短さになることもあります。そして、この強いアクセントを発声する秒数こそがスコッチ・スナップの流行を紐解くカギになります。
画像は「Scotch Snaps in Hip Hop」より
実は、140BPMにおける16分音符は、秒数で表すとちょうど100msに換算されます。この「タタッ」の最初の「タ」というリズムをラッパーが140BPMのビート感で発声する時、その長さは必然的に100msになるのです。
つまり、こういうことです。先程、例に上げた「Teenage Mutant Ninja Turtles」という単語の塊を思い出してください。強弱格のリズム感を持つこの四つの単語を140BPMでラップすると、こう聞こえるはずです。
アメリカ英語本来のアクセントやリズムと流行のBPMの遭遇が、英語話者にとっては必然的に耳障りの良いスコッチ・スナップの再来をもたらしたのです。ティネッ(ジ)、ミュ(ー)/タンッ、ニ(ン)/ジャッ、タ(ー)トッ(ルズ)
↓
タタッ、タタッ、タタッ、タタッ
言語がその国の音楽に与える影響を探っていくと、さらに面白い発見がまだまだあるのですが、これ以上の長文化を避けるために今回の解説はここまでとしたいと思います。
言葉の壁とフロウの問題
ここまで来ると、「日本人のラップには違和感がある」「日本語はラップに適していない」といった言説がにわかに真実味を帯びてきます。記事を読み進めるにつれて、そう感じたかたも多いのではないでしょうか。悲しいかな、どんなに頑張っても日本で生まれ育った人がヒップホップをやるとどこか違和感がある。またアメリカ人が着物を着ても最後の最後は馴染みきれない。私達は幼少期の早い時期にしみ込んだ空気を否定できない。
— Dai Tamesue (為末大) (@daijapan) September 18, 2014
そんなかたは、日本最高峰のラッパーSEEDAさんが参加した曲「Swervin」のバース(01:17頃から)を聴いてみて下さい。PV版では何故かリリックとフロウが改変されているので、SpotifyかApple Musicで是非聴いていただきたいです。見事にスコッチ・スナップのリズムを日本語のフロウに落とし込んでいることがわかると思います。
正直にいうと、"おんぶで生きろ"のラインは正しく聴き取れたか自信が無いので、ご容赦下さい…。ならなきゃBossed Up
子供が手の中
おんぶで生きろ
↓
ならっ/なきゃっ/Bosse/dUp
こどっ/もがっ/てのっ/なかっ
おんっ/ぶでっ/いき/ろっ
言語がその国の音楽に影響を与えるのなら、音楽がその国の言語に影響を与えていく可能性もあるはずです。急速に進化を遂げる日本語のラップ・シーンを見ていると13年前のSEEDAさんのラインを思い出します。
言葉の壁は高いがフロウは/その上を越すことは可能さ