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連載 | #2 洋楽ラップを10倍楽しむマガジン:出張編

新世代の“ビッチ“ラッパー cupcakKe 下ネタキャラと引き換えに得るもの

オートチューンとインターネットによる革命

しかし、東海岸と西海岸に加えて、アメリカ南部が台頭すると、ヒップホップにも新しい風が吹き始めます。さらに、2000年代も後半に差し掛かると、技術の進化によって、ヒップホップシーンの多様性は不可逆な広がりを見せるようになりました。

その中でも、特に大きな影響を与えたと考えられるのが「オートチューン」と「インターネット」です。

「オートチューン」とは、今や大多数のラッパーが活用するようになった音声を強制的に補正するツール。これをボーカルに掛けることで、独特の機械的な声になります。
Kanye West - Heartless
それ以前にも歌うラッパーは存在していましたが「オートチューン」の誕生によって、歌手のような実力がなくても、楽曲にメロディを簡単に取り入れることができるようになりました。ラッパーにとって「ラップする」のではなく「歌う」ということが、自然な選択肢となったのです

たとえば、ヒップホップを音楽面で大きく進化させ続けてきたプロデューサーでありラッパーでもあるカニエ・ウエスト。彼が2008年にリリースした『808s & Heartbreak』というアルバムでは、マッチョイズムとは程遠い弱気で内省的な内容を、ラップするのではなくほとんど「歌って」しまったのです。

I'm not loving you, way I wanted to
See I wanna move, but can't escape from you
So I keep it low, keep a secret code
So everybody else don't have to know

意訳:
俺は、自分が望んだ形でお前を愛することが出来ない
分かる?俺は次の恋愛に移りたいんだけど、お前から逃げることが出来ないんだ
だから俺は態度を控えめにして隠す、秘密のコードで
そうすれば、誰も俺の気持ちに気付かなくて済むだろうから Kanye West - “Love Lockdown”

そして、2000年代後半からはMySpaceやYouTubeなどの音楽を簡単に共有できるインターネットサービスが登場。これらによって男性社会のヒップホップゲームの中を勝ち上がっていかなくても、アーティストが音楽を直接ファンに届けて、ファンベースを獲得することが可能になりました。

2009年には、ドレイクが自由自在にラップと歌を行き来しながら、ナイーブな内心を歌い上げるスタイルで、インターネットを通じて大ブレイク。それ以降、従来の枠に囚われない様々なスタイルのラッパーが登場するようになります。

You all ain't even have to ask twice
You can have my heart or we can share it like the last slice
Always felt like you was so accustomed to the fast life
Have a nigga thinking that he met you in a past life

意訳:
二度も同じことを尋ねなくて大丈夫だよ
俺の心を奪ってくれていいのさ、それとも最後の一切れみたいに分け合おうか
いつも感じてた、君は刹那的な生き方に慣れきってるみたいだって
だから、俺はもしかして前世で君に会ったことがあるのかな、なんて思ったんだ Drake - “Best I Ever Had”

こうした流れの中で、女性ラッパーにおいても、従来の枠に収まらないラッパーたちが登場するようになりますが、その最先端に現れた新生代の女性ラッパーこそがcupcakKeなのです。

ということで、前置きが"京都銀行のお付き合い"のように長くなりましたが、いよいよcupcakKeの紹介に入っていきましょう。

コメディタッチの下ネタで大バイラル

さっそくですが、cupcakKeがバイラルしたきっかけはズバリ、コメディレベルにまで達した露骨な下ネタです。

I change the thongs two times a day
Its Niagara Falls in this pussy all day
Pussy so good I’m on a trip to the bay
Soon as he put it in that nigga calling me bae

意訳:
私は1日に2回、下着を変える
プッシーは一日中、ナイアガラの滝のよう
私のプッシーはめちゃくちゃ良い感じ、海辺に旅行するみたいに気持ちがいい
彼がモノを入れると、すぐに私を「ベイビー」と呼ぶようになる cupcakKe - “Vagina”

10歳の頃から神や信仰について教会で詩の朗読を行っていたcupcakKe。13歳の頃に「ラップもしてみたら?」という友人の勧めを受けてラップを始めました。

シングルマザーの元で育った彼女は、7歳の頃からは4年間もホームレス向けのシェルターに住んでいた経験もあったため、暫くの間は、ストリートにおける困難やホームレス生活についてラップしていました。
CupcakKe - Deepthroat
そんな彼女が大きく世間の注目を集めるようになったきっかけが、ふと新しいスタイルにも挑戦しようと思いついて投稿した2つの下ネタ曲。先ほど歌詞を引用した「Vagina」と「Deepthroat」です。

どちらもタイトルを見ていただければ、内容については説明不要かと思います(笑)。

Mouth wide open, mouth wide open
Mouth wide open like I was at the dentist
Mouth wide open, mouth wide open
Put it so deep, I can't speak a sentence

意訳:
口は思いっきり開いてる、口は思いっきり開いてる、まるで歯医者にいるみたいに
口は思いっきり開いてる、口は思いっきり開いてる、奥まで入れて、何も喋れない cupcakKe - “Deep Throat”

cupcakKeはこうした過激な性的表現を取り入れた曲をつくるにあたり、彼女にインスピレーションを与えた存在としてリル・キムのような「ビッチ」を演じた女性ラッパーたちをあげています。

しかし、リル・キムが男性社会の世界観の中で「ビッチ」を演じたといっても、クールで危ない女性として自分を表現していたのに対して、cupcakKeの表現はミュージックビデオを見てもわかる通り、明らかにお馬鹿なジョークです。
ELDERS REACT TO CUPCAKKE
これは"リスペクトを得ることが重要"だった従来のヒップホップ観では捉えるのが難しいことでした。

こうした表現がバイラルヒットすることが可能になったのは、まさに「ふと思いついて投稿」できるインターネットの存在でしょう。そして徐々に価値観が多様化し、様々な表現のあり方を認めるようになってきたヒップホップシーンがあってこそ。

もちろん彼女がふざけた表現をしてはいても、ラップのスキルは高く──かつ、根はストリートから出てきているということも、彼女が単なる色物ではなく1MCとして認識されている理由です。

では従来のラッパーたちが自分の力を誇示することで得られた「リスペクト」の代わりに、cupcakKeが得ているものは一体何なのでしょうか。

彼女は、Complex誌のインタビューの中で、それが「共感」であると自身で分析しています。

YouTubeの自分の動画をチェックすると、「これ私だ!」「私の中にもこういう気持ちがある!」というコメントがあるの。みんな「私はディックを舐める」なんて言うことを凄く恐れているわ。「どうしよう、彼が、彼女が、私をどう思うかしら」なんて感じるのよ。でも、私は違う。私は自由だし、人からどう見られるかなんて気にしない。そして、私はそれこそが今の業界に必要な態度だと思うわ。 Complexのインタビューより意訳

このインタビューからもわかるように、彼女は従来の女性ラッパーのように自身の女性らしさを隠して男勝りに振る舞うわけでもなく、ギャング文化の中における「ビッチ」として振る舞うわけでもありません。

現代の女の子のジョークや意見を、世間体を気にせずに代弁するをするパワフルさ。たったそれだけで「共感」を得ているのです。

共感の時代を生きるcupcakKe

cupcakKeはイケてるアーティストとしてお高く止まるのではなく、自分から友だち間で話すような下ネタをインターネット上で発信してファンとの距離感も近く保っています。楽曲だけではなく、Twitterでも下ネタを頻繁にツイートしますし……(ちなみに、彼女はファンたちを「slurpers」と呼んでいます)。

また、女性セレブリティたちのようにセクシーでスタイルの良い女性というよりは、ぽっちゃりなルックスであることも、ファンからの親しみやすさを高めているのかもしれません。

しかし親しみやすさや下ネタ曲ばかりが彼女の持ち味ではありません。女性の立場から幅広いテーマでラップをするのが彼女のスタイルです。

たとえば「Wiseteeth」という曲では、見栄えにばかりお金をかける男性を非難。

Damn, all these niggas think about is theyself
The belt could get you hoes but can the hoes get you a belt?
Look, young nigga, don't force it
Spent all your green on your outfit, lookin' like the armed forces
Look inside your pocket, you're left with a small portion

意訳:
なによ、こいつらはみんな自分のことしか考えてないっての
高級なブランドのベルトをしてれば女の子が寄ってくるでしょうけど
その女の子たちがベルトを買ってくれるわけではないでしょう?
聞いて、若い子たち、そんなことはやめておきなさい
お金を全部見栄えのために使ったりして、まるで武装した軍隊みたい
ポケットの中を見てよ、少しのお金しか残ってないわよ cupcakKe - “Wiseteeth”

また、「Self Interview」という曲では、男性と女性が同じ行動をしても、社会から受ける扱いが違うことに対する違和感を表明しています。

Female have sex on the first night
They get called a ho for that one night stand
Men have sex on the first night
Congratulations, you got around her bands
Most wouldn't comprehend
Double standards need to end

意訳:
女性が1度目のデートでセックスをすると
その一夜限りのセックスのせいでアバズレだと呼ばれる
男性が1度目のデートでセックスをすると
「おめでとう、彼女とうまくやったんだね」なんて言われる
多くの人は理解してないと思うけど
こんなダブルスタンダードは終わらせないといけないわ cupcakKe - “Self Interview”

そして「Pedofile」という曲では、ロリコンの男に惚れてしまった少女の気持ちを歌っています。

He had a suit and tie instead of pants hanging
He owned his own company not gang banging
It attracted me, loved it was scared to bring him in public
Society would judge worser than Young Thug

意訳:
彼は、腰パンじゃなくて、スーツとネクタイをしていた
彼は自分のギャングではなく、会社を持っていた
私は彼に惹かれていたけれど、彼との関係を公にするのが怖かった
社会はきっと彼と私をYoung Thugよりも悪く裁くだろうから cupcakKe - “Pedophile”

声の小さい人たちの意見を代弁し、社会や従来のヒップホップコミュニティからは疎外されがちな人たちを積極的に支援して、包摂しているようにすら見えるのは、彼女自身が過酷な人生を生きてきたこともあってのことかもしれません。

たとえば、彼女は性的マイノリティであるLGBTsについて、「LGBT」や「Crayons」といった曲をつくって応援しています。

Don't judge a lesbian, 'cause she don't want you back, man
Judge one of the gays, they drag you from Z to A
And shout out to the bi's, you ain't gotta pick a side
And if you in the closet, shorty, you ain't gotta hide

意訳:
あんたたち男を好きにならないからって、レズビアンを裁かないで
ゲイの一人を裁いてみなさい、あなたをZからAまで引きずるわよ
それからバイセクシャルにエールを送るわ、どちらかなんて選ばなくてもいいのよ
もしもクローゼットの中にいるなら、あなたは隠れなくたっていいのよ cupcakKe - “LGBT”

また、彼女とファンの関係性を表すストーリーは音楽に限りません。

とあるゲイの男の子が、親にゲイだとバレたことで家から追い出されたときに、彼はいつも曲を聴いていてファンであったcupcakKeにTwitterでリプライを送りました。すると、彼女はすぐに、宿が必要であればホテル代を負担する旨を彼に伝えたのです。

私が最初に思ったのは、彼がファンだということじゃないの。ただ、助けが必要な人間がそこにいるんだってこと。私が13歳のときにホームレスを経験したように、今まさにホームレスになろうとしている子がいるんだと。 Buzzfeedによるインタビューより意訳(外部リンク

一人一人がスマートフォンとSNSアカウントを持っている現代。そこでは情報の発信者は従来のメディアだけではなく、TwitterなどのSNSアカウントを持っている一人一人です。だからこそ、個人の共感を呼ぶことがアーティストとしての「力」となります。

マッチョイズムに則ってヒップホップシーンに自身を認めさせるのではなく、従来のヒップホップシーンではアウトサイダーであった人たちと共感ベースで繋がることで、着実にキャリアを前進させているcupcakKe。

彼女は、自身が「業界によってつくり上げられたスター」ではないことに自覚的であり、これからもレーベルには所属せずにインディペンデントに活動していく方針を表明しています。

「共感」や「楽しさ」でアウトサイダーを繋げて、荒んだ社会をポジティブな方向に導くcupcakKe。その活動は、アフリカンバンバータが生み出したときのヒップホップに近いものを──抗争を無くし、楽しい平和をつくりだしたいという祈り──ソーシャルネットワークの力を用いて復活させているのかもしれません。
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RAq // ラック

ラッパー

インターネット上に公開された楽曲やミックステープにおいて、独特なフロウや言葉選び、キャッチーな曲作りなどが話題を呼び、2014年に『Lost Tapes vol.1』をリリース。iTunes HIPHOPチャートで最高2位を記録。『Lost Tapes vol.2』を経て、2017年11月に1stアルバム『アウフヘーベン』をリリースした。累計セールスが36万枚を超える『IN YA MELLOW TONE』シリーズにも継続的に参加している。
RAq公式サイト(外部リンク
洋楽ラップを10倍楽しむマガジン(外部リンク

RAq

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