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本棚から見える『バケモノの子』の世界 細田守は文学で何を伝えたかったのか

映画『バケモノの子』(2015)中央左:九太 中央右:楓/「バケモノの子」公式サイトより

『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』――作品を重ねるに連れて徐々に観客の世代を広げ、今ではいわゆる「国民的」作家になりつつあるアニメーション監督・細田守監督。

2015年7月に公開された最新作『バケモノの子』では、人間界「渋谷」からバケモノたちが生活する異世界「渋天街」へと迷い込んでしまった孤独な少年・九太と、渋天街の中でも1、2の強さを持つバケモノ・熊徹との交流と成長を描いた。

本作の観客動員数は459万人を記録し、第39回日本アカデミー賞最優秀賞アニメーション作品賞を受賞。さらに、スペイン最大の国際映画祭・サン・セバスチャン国際映画祭では、アニメーション映画として初のコンペティション部門に選出。49の国と地域で配給が決まり、今もなお世界各地で上映が続いている。
映画『バケモノの子』
スタジオジブリ・宮崎駿の映画がそうであったように、“ポスト宮崎駿”と呼ばれる細田守のつくる映画もまた、物語の中に文学的な感性を覗かせている

映像の背景に本や本棚が登場するシーンも少なくなく、細田守作品特有の細やかで繊細な映像故に背表紙の文字が読み取れるものも多い。『バケモノの子』の絵コンテには、そのシーンに登場する本のタイトルが細田守の直筆によって指定されている。

それらの本と本棚は、ただの飾りとして映像の中に存在するのではない。本と本棚が、その本の所有者の内面をこっそりと表現していたり、登場人物が他でもないその本を手に取ったことに特別な意味を演出していたりするのだ。

つまり、そこにはつくり手の意図が確実に隠れされている。

最新作『バケモノの子』では、物語の鍵を握る象徴的なモチーフとして小説が登場し、これまでの作品以上に文学的な要素が前面に表れている。

細田守が本と本棚による演出を通じて表現しているものとは何か。『バケモノの子』の劇中で特に鍵を握る、ハーマン・メルヴィルの名著『白鯨』を中心に考察していこうと思う。

文/潮見惣右介

これまでの細田守作品に登場した、本棚を使った演出表現

おおかみこどもの雨と雪(本編1枚+特典ディスクDVD1枚)

まずは、これまでの細田守作品にはどのような本が登場していたかを見ていこう。

前作『おおかみこどもの雨と雪』は、主人公の女性・花がおおかみの子ども(雨と雪)を育て上げるまでの物語だ。花の本棚は、彼女のライフステージ(大学生時代・出産期・子育て期)の変化に応じて、収められている本が移ろいゆく

大学時代の本棚には『尾崎翠』や『神智学』、中原中也や宮沢賢治、ヘッセの詩集など、偏差値が高そうな文系大学生らしい本が並ぶ。

妊娠・出産期に入ると、それらの小説や詩集に交じって『お産って楽しいね』や『妊娠中の食事と栄養BOOK』などが加わり、子どもたちが産まれてからは『ぐりとぐら』や『100万回生きたねこ』などの児童書ばかりが本棚を埋め尽くすようになる。その時期の花の関心事や、彼女の人柄が、本棚からなんとなく読み取ることができるようになっている。

サマーウォーズ スタンダード・エディション [Blu-ray]

前々作『サマーウォーズ』の背景に登場するのは、家の年長者である栄おばあちゃんの本棚だ。そこで表現されているものの一つは、栄おばあちゃんの高い教養だろう。『折口信夫全集』や『芳賀登著作選集』などの全集モノが数多く並んでいる。

佳主馬がパソコンを持ってこもっている部屋は書庫(兼物置)で、その部屋の大きな本棚には『伊豆の踊り子』『ビルマの竪琴』などが収められている。函に入った全集ものが並んだ背の高い本棚には独特な重厚感があり、それが栄おばあちゃんというキャラクターの人物像を印象づける要素の一つになる。

例えば、テレビ番組のVTRで学者さんが学術的見解を述べる際、研究室の本棚を背景にしてコメントしていることが多い。そうすることで視聴者はその学者に対して「この人なんとなく賢そう」「学識がありそう」という印象を持つ。それと同じ効果で、戦国時代から数百年以上続いている陣内家十六代目の当主という肩書きを持つ栄おばあちゃんの教養の高さを、本棚を使って演出したわけだ。

※ここから先は『バケモノの子』本編のネタバレを含んでおります

物語の鍵を握る文学作品『白鯨』とは?

スタジオ地図 公式ブログ「読んだことある? 「バケモノの子」劇中にも登場する『白鯨』(著:メルヴィル)!!」より

スタジオ地図 公式ブログ「読んだことある? 「バケモノの子」劇中にも登場する『白鯨』(著:メルヴィル)!!」より

前作『おおかみこどもの雨と雪』と前々作『サマーウォーズ』では、登場人物の人柄や教養を演出する道具として、映像の背景に本と本棚が登場した。最新作『バケモノの子』では、もっと深く、登場人物の内面を表現するものとして本が扱われている

バケモノ界へ移ってから8年後、人間界に戻ってきた九太は渋谷区立渋谷図書館に立ち寄り、講談社の『世界文学全集』が並ぶ大きな本棚の中から『白鯨』を手に取る。と共に勉学に励むきっかけとなる本であり、『バケモノの子』の劇中でもっとも象徴的なモチーフとして登場する小説だ。

まずは『白鯨』がどんな小説なのかを解説していこう。

白鯨 上 (岩波文庫)

『白鯨』は、アメリカの小説家・ハーマン・メルヴィル(1819年 - 1891年)の代表作で、世界の十大小説の一つとも称される海洋冒険小説の傑作。

内容は19世紀の捕鯨業を題材にした長編小説。モービィ・ディックと呼ばれる巨大な白い鯨(白鯨)に片足を喰い千切られたエイハブ船長が、復讐のために捕鯨船・ピークオッド号に乗って航海に出る。

モービィ・ディックに対するエイバフ船長の狂気的な復讐心が乗組員らに伝染していき、モービィ・ディックへの報復を皆で誓う。

この船に乗り込んだ者の中で唯一生き残ったイシュメールが回想していく形式で物語は進んでいく。エイバフ船長は死闘の末、白鯨と共に海の底へと沈んでいってしまう。

著者のハーマン・メルヴィルは、小説家になる前、実際に捕鯨船に乗っていた経験がある。

そのため、『白鯨』には鯨に関する科学的な叙述や当時の捕鯨技術などの雑学的な情報が数多く記載されている。

『バケモノの子』の劇中では、この『白鯨』を教材として、楓が九太に勉強を教えていく。『白鯨』の物語から逸脱するような数多くの情報や言葉を、楓が丁寧に拾って解説していくことで、九太は読み書きや漢字・言葉の意味を学び、ひいては人間社会の理解へと導いていく。

『白鯨』が象徴する九太の内面

『白鯨』は九太の何を表現しているのか。

『白鯨』を読み解いていく中で、楓は『白鯨』に対する独自の解釈を披露している。

主人公は、自分の片足を奪った憎い鯨に復讐しようとしている。でも実は、主人公は自分自身と戦っているんじゃないかな? 映画『バケモノの子』(2015,スタジオ地図)楓の台詞より

白鯨はエイバフ船長自身を写す鏡であり、白鯨と戦うことは自分自身と戦うこと。著者のハーマン・メルヴィル自身がそう描いたかどうかは分からないが、『白鯨』で描写されているエイバフ船長の外見的特徴と、白鯨 モービィ・ディックの外見的特徴には、ある共通点がある。額のしわだ

この怪物を他のマッコウ鯨から区別するものは、その常軌を逸した巨体にあるというより、すでにどこかでのべたことだが──そのしわだらけの雪白の額とピラミッドのように高くそびえるこぶにあったからである。 メルヴィル(著),八木敏雄(訳)(2004)『白鯨 上』(岩波文庫,岩波書店,P448)

その間、エイハブの頭上に鎖でぶらさげられた白鑞のランプは船の動きにつれてゆれ、その動いてやまぬ光と影の線がエイハブのしわだらけの額に投影されて メルヴィル(著),八木敏雄(訳)(2004)『白鯨 中』(岩波文庫,岩波書店,P40-41)

しかしここで重要なのは、著者本人がどういう意図で描いたかではなく、楓と九太が白鯨という小説をどう解釈したかだ

楓が示した『白鯨』に対する解釈は、『バケモノの子』という映画そのものの解釈へと繋がっていく。

人間の胸にのみ宿るという闇を、知らず知らずのうちに育んでしまっていた九太。その九太と同じように、人間界からバケモノ界へやってきた人間である一郎彦も、同様の闇を胸の中に秘めていた。

父・猪王山の敗戦を受け、心の闇を露わにした一郎彦は、念動力を使って熊徹を刀で刺してしまう。刺された熊徹の姿を見て、九太も心に宿した闇を一度は解放してしまうが、ぎりぎりのところで思い止まる。自らの闇に飲まれてしまった一郎彦と対峙するため渋谷へ向かう九太は、一郎彦の闇の暴走を自分自身の問題でもあると理解している。

だからって他人事にはできないんです。一郎彦の問題は、俺の問題でもあるから。 映画『バケモノの子』(2015,スタジオ地図)九太 青年期の台詞より

物語の終盤、九太は巨大な鯨と化した一郎彦と対峙する。それは『白鯨』と同じく、自分自身との戦いだ。

戦いの中で九太は、一郎彦の大きな力には敵わないと悟り、一郎彦を道連れにして自分も一緒に死ぬしか方法はないと判断する。

俺の空っぽの胸を開けて、あいつの闇全部を閉じ込めたら、自分に剣を突き立てて、道連れにこの世から消えてしまうか──。 映画『バケモノの子』(2015,スタジオ地図)九太 青年期の台詞より

白鯨と対峙するエイハブ船長と、巨大な鯨と化した一郎彦と対峙する九太を重ねるとなると、結末も同じになるだろう。つまり、白鯨もろとも海底に沈んでしまったエイバフ船長の最期のように、九太も一郎彦の闇に飲み込まれてしまうという結末だ。しかし、九太はその結末を選ぶことなく、一郎彦の闇に打ち勝つ。


なぜ『バケモノの子』と『白鯨』では結末が違ったのか


それは、九太とエイバフ船長の考え方の違いに由来する。つまり、九太を突き動かすものはエイバフ船長のような“復讐心”ではないということだ。

熊徹が刺された直後は我を忘れて憎しみから胸に宿した闇を解放してしまった九太、そのままの状態で一郎彦と対峙していては、『白鯨』と同じ結末を迎えていたかもしれない。自分自身の問題だと気づかせてくれたのは『白鯨』と楓の指導だ。

九太にとって『白鯨』という小説の存在が、楓と出逢うきっかけとなる大切な本であると同時に、一郎彦と自分自身の問題、内面を見つめ直す鏡となったと言えるだろう。

一冊の本からあなたの世界を広げていく

スタジオ地図 公式ブログ「読んだことある? 「バケモノの子」劇中にも登場する『白鯨』(著:メルヴィル)!!」より

スタジオ地図 公式ブログ「読んだことある? 「バケモノの子」劇中にも登場する『白鯨』(著:メルヴィル)!!」より

楓は九太に勉強を教えるにあたって『白鯨』をメイン教材に据える。そこから、Wikipediaのページからページへ跳んでいくように、他の本や事典へと派生していく。

九太が楓と共に図書館で勉強する机の上には『海洋図の歴史―人は海をどのようにイメージしてきたか』や『石油 最後の1バレル』『アメリカ文学のレッスン』などのノンフィクションや文学研究の書籍が並ぶ。

一冊の小説を脇道へ逸れながらゆっくりと読み込んでいく勉強方法を見て、僕は灘校(灘中学・灘高校)の国語教師橋本武先生を思い出した

橋本武は、『銀の匙』という小説だけを3年間かけて読むというかなり特色のある授業を実践した国語の教師だ。その授業では、教科書を使ったいわゆる受験勉強というようなことはせず、『銀の匙』に出ていた事柄をとことん調べたり、主人公が体験したことを実際に追体験してみたりを繰り返していく。

『銀の匙』に凧揚げのシーンが出てきたら、実際に凧を揚げる。寿司屋が出てくれぱ、寿司の成り立ちや歴史を調べ、魚偏の漢字をすべて調べる。そんなふうに、一冊の小説をゆっくりと噛み砕き、世界を理解していく勉強方法が、楓の指導ととてもよく似ていると思った。

あらゆる物語は示唆に富んでいる。

教材は『銀の匙』や『白鯨』のような古典文学でなくたっていい。例えば『バケモノの子』を教材に、孤児と児童養護施設について調べたり、渋谷の街の歴史を遡ってみたり。子どもの神隠しに纏わる伝説や、九太と楓が乗った東京メトロの歴史を紐解いていくこともできるだろう。

物語が一つあれば、そこから世界は無数に広がっていく。物語が一つあれば、そこには無数の解釈が眠っている。本棚から見えるバケモノの子の世界はあなたのまだ知らない世界の解釈だ

©2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

潮見惣右介 // SOUSUKE SHIOMI

書店員

平成2年生・書店員男子。文学・音楽・ポップカルチャーと戯れながら書いていきたいです。
はてなブログ:http://shiomilp.hateblo.jp/
Twitter:https://twitter.com/shiomiLP
新海誠『言の葉の庭』に登場する本を解析してみた:http://shiomilp.hateblo.jp/entry/2016/05/09/194152
西野カナの歌詞はなぜ共感できるのか? 携帯との決別から幸せな恋愛へ:http://kai-you.net/article/30726

潮見惣右介

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