アーカイブに力を入れていく
川口 アーカイブというものには注目していますね。メディアとなると「速報」に特化したところが多いけど、Webの特徴ってすごく簡単にアクセスできるアーカイブだと思っていて、そこが一番の強みなんじゃないかなと。
だからヒストリーとか、VICEpediaみたいなものとかつくれたらおもしろいと思います。
──それは言い換えればプラットフォームになるということですか?
川口 プラットフォームはプラットフォームで計画があって、今はそれよりもコンテンツの揃え方かなと。Webの技術的なことじゃなくて、コンテンツをつくっている側としての率直な提案というか。
自分たちのことを考えたら、Wikipediaに飛ばれないようにするためにどうするべきか考えないといけない。例えば関連記事ってよく読まれるのですが、そこを厚くしていく方が長い目で見た時に得だと考えています。
佐藤 スクープとかバズるものって、一般的には発信側が喜ぶものだと思うのですが、それを続けていくには物量とマーケティングが必要です。ただ、そうしたものとは違っているのがVICEであると定義づけてもいいのかなと。一時ではなく、ずっと見られるものがいっぱいあれば、メディアとして存在できる。
川口 (メディアとしての信頼性を高めるには)何十年かかるかわからないですけどね。
──それはWebについての戦略だと思いますが、紙媒体としてのVICE Magazineやリアルなイベントなど、メディアとしてのそれぞれの意義はなんですか?
佐藤 これはちょっと肉の薄い言い方をしますけれども、VICEの考え方として「コンテンツ」というものがあると。それがどこででも生きていれば良くて、紙であろうがイベントであろうが、携帯であろうがどこでも良い。マルチプラットフォームみたいな考え方があるんですよね。グローバルの方針として、雑誌やネットもフラットに考えています。だからこそYouTubeやAbemaTVといろいろやっているのですが。
──ただ、会社として考えた場合、費用対効果の視点も考えなければいけないはずですが、あえて紙も出されるのはなぜですか?
川口 単純に、自分たちが(紙媒体に親しんでいる)フィジカルの世代だからわかりやすいということもありますね。
佐藤 「なんか好き」みたいなことは前提としてあります。
川口 素直に「いい」と言えるんです。それに何の意味があるかは考えてない。あとは機会ですよね。Webの中だけで広げるというのもあるけれども、紙のVICEを通して広げられる機会も増えると思います。
自分たちの時代では、ソースがWebではなかったので……紙の安心感ですかね。たいした理由はないですよ。 佐藤 Webを信じきれてはいないというのはあります。だってねえ、最近も「おしゃいいね」とかいう言葉を聞いて「はぁ?」となりましたよ(笑)。おしゃれっぽいから(Facebook)でステータス的に「いいね」を押すみたいな。若者の感覚は、わからない部分や馴染まない部分はありますね。
川口 日本の人口分布上、団塊ジュニアが一番多いですよね。その中でメディアを大きくするなら、そこを攻めないでどうするのかと。海外VICEがうまくいっているのは、オバマに出演してもらったりして政治と直結させることで、いわゆるミレニアル世代を押さえたからだと思っていて、でもそれも、その感覚をそのまま日本に持ってきてもダメ。
手応えとして、日本の若者ってマスがない気がするんですよ。みんな自分のジャンルに特化している。だから昔みたいに20代を押さえておけばいいという感じではないんですよ。偶然にも、自分たちも団塊ジュニアだし、自分たちのやりたいようにやっていれば、間違いないのではないかと思っています。
佐藤 あとは、もっといろんなテクノロジーや生き方が出てくるかもしれないなと考えると、映像とかインターネットといった世界、デバイスからの情報の入り方も変わるかもしれない。この先、インターネットで見ているのが「ダセェ」となる可能性もあって、そうなった時に雑誌の方がいいよね、とか、なるかもしれない。
VICEのビジネスモデルとは?
佐藤 VICEが海外版も含めて他メディアと違うのは、いわゆるエージェンシー業務とメディア業務を分けて運営しているところです。例えば派手にドンパチやっているところをニュースとして配信してもスポンサーは付きにくいので、エージェンシー業務の部分でいわゆる制作受託をしながらマネタイズをしていますね。
日本では大きく展開していませんが、海外VICEではGoogleやAppleと大型の長期パートナーの契約をし、そこで得たお金を活用しメディアやコンテンツの質を担保しています。
川口 VICE Japanではメディアの名前が付かない単純な制作受託業務も多くて、若い人がドキュメンタリーをつくれると思って入ってきても、実は制作業務もしっかりやらなければいけない。しかも部署を分けて分業しているわけではなく、一つの編集部でエージェンシーとメディア業務を担ってるので駆けずり回ってる。
──川口さんもエージェンシー業務に関わっているのでしょうか?
川口 もちろん。でもすぐクライアントに対して「お客様」という立場を忘れちゃうことが多いから……。
佐藤 (川口は)コンテンツを守る立場だからね。
川口 コンテンツをつくる方はプロフェッショナルなのに、クライアントはプロフェッショナルではないということが、「極一部」ですがあるので、そういう時は本当に良いものはできにくいですよね。
映像って手間がかかるじゃないですか。いくらカメラが簡単になったきたとはいえ、カメラを持って回していればつくれるというものではないのに、どこかテレビの廉価版という意識を持っている人が多いですね。邪推ですけど、どこの企業でも、Webでの映像の予算というのはまだそんなに割かれてない。
佐藤 海外のVICEもそういった経験を多々してきています。それで、日本でも流行り言葉になった“ネイティブアド”を積極的につくるエージェンシーとして打ち出して、衛星・ケーブルテレビ局A+Eネットワークとともに運営している「VICELAND」では一般的なCMを減らして、なるべくネイティブアドを入れながら番組をつくっています。
※ネイティブアド:広告を掲載するメディアの読者に対し、そのメディアのコンテンツと同様の体裁で配信するもの
本当の動画元年はこれから
川口 すごい丸めて言うとプロモーションにもなるし、お金にもなるからですかね。
佐藤 もともとVICE Japan自体、本国VICEとYouTubeとの仕事があったからこそ立ち上げに至ったわけで。AbemaTVもそういう見方で考えていますね。
川口 逆に、みなさんから見てAbemaTVってどうなんですかね?
──ネットメディアだけどやっぱりどこかテレビっぽい印象を受けますね。それだけ品質が高いということでもありますが、映像も一時停止できないですし。
川口 なるほど。俺にとってのAbemaTVは、ホテルの有料エロビデオ。ホテルのエロビデオを見ていると「次はこのシーンがくるだろう」って気になるので自分の動きが止められるんですよね。
佐藤 俺はずっとYouTubeや海外VICEと一緒にやっていたので、自分で掘っていく形でコンテンツを見るっていう感じだった。だから、AbemaTVのTVっぽさもある受動的な方法で自分たちのコンテンツを見る新鮮さというのはありますね。
チャレンジングだし、良い意味で無茶なことをやっている感はありますね。過渡期ならではなのかなと。結局、資本があるところが「映像はキてる」と言うけど、誰も効果的な使い方はわかっていない。今までも動画元年とかいろいろ言われていましたが、あれはあくまで「YouTubeの効率的な使い方」だけだった気もするんですよね。だから、本当の意味での動画元年はこれからなのかなと。
これまでのYouTubeありきの状態からAbemaTVが冒険して、そのノウハウがこの先どうなっていくのかというのは、傍観している部分もあるし不安な部分でもある。この先、俺らはどうやって生きていくのだろうと。
──ちなみにテレビと一緒にやることは考えてないのですか?
川口 テレビはこれまで何十年とやってきた情報収集能力や取材力があるので、いくら世界で新参ながらもイケイケなVICEだからとはいえ、勝てないフィールドがある。ただ、テレビ局とは違った映像の撮り方もありますし、取材力と映像の掛け合わせで何か新しいものをつくっていく可能性は捨てていないので、(テレビ局と組むことについて)機会があれば狙っていきたいですね。
VICE Japanの根本は“パンチ”
佐藤 なんだろう。笑えるか、笑えないか。僕らは“パンチ”って言ってるんですけど、それについてはよく話していますね。「パンチね〜な〜コイツ」とか。
川口 運営をしていく中で、失敗する時も絶対にある。それ自体はいいんですよ。でもその時に、「笑えるやつか、笑えないやつか」を気にする。失敗の仕方にしてもそうで、こっちも笑わせてもらいたいんですよ。
「(メンバーが何か失敗したことに対して)まあそりゃしょうがないね」と笑いたい。それくらいのゆとりはほしいんですよ。(ゆとりが)一切ないとこっちも独裁者になるしかないから。
佐藤 たぶん、笑いも段々と研ぎ澄まされてきていて、最近ではちょっとのことでは物足りなくなってます。楽しいだけじゃないヤバいことに対する笑い、“パンチ”がキーワードになっていますね。
──そのパンチが、VICE Japanに通底している何かかもしれないなと。
川口 間違いなくそうだと思いますよ。
佐藤 映画監督のアレハンドロ・ホドロフスキーを題材にしたドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』がなぜつくられたかと。彼はもう80歳くらいのおじいさんなんだけれども、その作品をつくるためにスタッフを集めた逸話があり、「俺は、(一緒に働く仲間が)戦士(ウォーリアー)とじゃないと一緒にやれないとわかった」と言っていて、“パンチ”とか“笑える”という基準と一緒なんではないかなと思います。