KAI-YOUインタビュー"Yako(矢向直大)─前編"

flapper3/Bunkai-Kei records/OUT OF DOTS

Yako(矢向直大)─前編

Hyper Dimension
──Naohiro Yako ’s interview

KAI-YOU.netのインタビュー1人目は、WEBデザイン/映像会社のflapper3創立メンバーであり、オンライン・レーベル分解系レコーズのオーナー、そしてイベントOUT OF DOTSのオーガナイザーを務めるYako氏にお話をうかがいました。

※本コンテンツは、『界遊005』の特集「ハイパーリアルな現在」のWEB展開として企画されたものです。後編はこちら


Chapter1: flapper3

─高校の同級生で結成したというのがflapper3の特殊なところですが、どのような経緯で企業化するに至ったのですか?

Yako 元々メンバーは3人で、みんな美術部でした。と言っても、あまり油絵とかはやらないような連中だった。1人が生徒会で、もう1人は文化祭の実行委員(笑)。僕が高1の頃、テレ朝の「D’s garage21」というマニアックな、深夜1時にVJ(Visual Jockey)とかの映像作品をひたすら放映する番組があったんですよ。OPがGLAMOOVEだったり、ウサビッチの富岡聡さんが制作した映像などが垂れ流しになっていた。僕はそういう番組を見てて、「映像やりたいなー」という思いがあったんです。
以前からIllustratorやPhotoshopをいじっていたんですが、「映像をやりたい」と思い2人を誘いました。それで、美術部の新入生を呼び込むために映像をつくったのが活動の最初です。そこから映像にハマっていきました。
そのうち、「学祭でVJやったり、映像でカッコいいことやりたいんだけど、それはもう『美術部』じゃないよね?」という話になったんです。2000年頃、海外のデザイナーズチームの、tomatoChapter3MK12あたりにハマっていたこともあって、映像主体のチームにしようということになった。1人が「『ガリバー旅行記』に出てくる、もの思いにふけりがちな登場人物を、叩いて起こしてあげる役人の“flapper”にしよう」と言い出して、チーム名に数字を使っていたところが多かったし、3人だし響きが良いということで立ち上げたのが“flapper3”です。

─最初から起業を意識されていましたか?

Yako 全然。大学はそれぞれ別々だったし、ユニットの看板は掲げているけどみんな普通にVJ活動とか創作活動していければいいかな、くらいに考えていました。
起業のきっかけは、大学1年か2年、18・19才の時、ちょうど現メンバーの萩原(俊矢)が加入するくらいの時期に、鈴木(陽太)が仕切ってflapper3のWEBを作ったこと。それがネットで話題になって、そこからVJのオファーがどんどん来るようになっていった経緯からですね。
僕は映像もモーション・グラフィックス的なこともやるし、鈴木がCGという何となくの区分。萩原がFlash寄りの WEBで、中村(圭一)がデザインだけでなく今の社長だから、足を使って動きまわる。もう1人のWEB担当の宮田(洋)は大学の時から繋がっていたけど、入ったのは2・3年前ですね。
当時はFLVなんてなかったから映像を見せる技術も実装されてなかったんだけど、僕らは静止画をタイムライン上にコマ割りするっていう荒技を試てました。メニューを押すと最初に一瞬映像が入るんですが、コマ割りだからめっちゃ重いんですよ。1ページ2・3MB以上あって、当時普通の回線を使っている人は見れない程だったけど、そんな人は相手にしなくて良いくらいに思っていました(笑)。

※flapper3は2011年現在、代表取締役・中村圭一さん、取締役・矢向直大さん、同・鈴木陽太さん、萩原俊矢さん、宮田洋さんで運営されています。 flapper3 Inc.内 Corporate informationより

Chapter2: Future’s Vision

─YakoさんはVJを中心に活動していたんですよね?

Yako そうですね。基本的にflapper3内でも映像、motion tipsとVJに関しては、僕がやってました。CGもやりますが、がっつりしたモデリングとなると鈴木。それにやはり微妙に表現が違う。

─flapper3のSF的な世界観はどこから来ているのでしょうか?

Yako (ルーツは)それぞれ違うんだろうけど、みんな『ブレードランナー』(1982 米)や『トロン』(1982 米)とか、ああいう世界観がすごく好きですね。
当時のWEBの影響も強い。個人サイトが今より流行っていた時期だったから、そういったものや、あと2Advanced Studioとかに憧れを抱いてて、ああいう近未来的なWEBを作りたい! という思いが元々あります。

─2000年初期などは「映像は現場やリアル空間」という雰囲気もありましたが、flapper3はやはりWEB発信という側面が強いと思います。いつ頃からWEB上での活動を意識し始めたんですか?

Yako 始動した時期が、ちょうどRAKU-GAKIの西田幸司さんやSTUDIO NEWWORKが登場し始めた頃で、とにかくFlashサイトとかが面白かった。
その中で、SF的世界観で魅せられる映像は日本では少なかったから、「俺らがやろう」と思ったんですよね。それで、お金もないし、「作品」として出せる場所がWEBしかなかった。手軽にできたし……というか、あまり深く考えてなかったのかな。「WEBで有名になってやる」とかではなくて、とりあえずWEB上でもやりたい映像表現、面白いことができるじゃんってくらいだったと思うんですよね。最初のサイトに関しては萩原と鈴木の力が大きかった。彼らのクリエイティビティが時代にマッチしたんだと思います。

─そこに使えるインフラがあったからだと。

Yako そう。仮想空間と現実空間とのリンクという意味では、WEBでの活動のおかげで、VJの現場でも「flapper3の人」と認識されて声かけられることが結構多くて、それでまたあちこちVJに呼ばれるっていうサイクルがあった。19・20才くらいの時が一番ピークで、月に10数本とかやってたんですよ。週に4日SIMOONでVJやったり(笑)。

Chapter3: Stand Alone Complex

─flapper3のどなたにも言えることですが、一人ひとりすごく才気に溢れる方々だと思います。それでもみんなで連帯してユニットとして活動するのはなぜなんですか?

Yako 連帯はそんなに意識してないんですよ。基本的にスタンドプレーのチームって感じ。みんな好き勝手にやっている。
だから、誰が上という組織図も特にない。フラットなんです。『攻殻機動隊』じゃないけど、スタンドアローンですね。「みんなでこれをやります!」ではなく、それぞれが勝手にやってるプロジェクトや仕事に対して「これは面白い」って賛同した時に他のメンバーも参加する。
Evoke a latent memoryの時も、初めは萩原と鈴木が新しいサイトを作ることになっていたんです。そこまでは全然興味なかったけど、骨組みが出来た段階で僕らも見て、「これはヤバイ!」ってことになった。それで「俺は予告映像つくる」「じゃあ音、俺やるわ」って参加していった。

─スタンドプレーの連鎖みたいな。

※“我々の間には「チームプレイ」などという都合のいい言い訳は存在せん。あるとすれば、スタンドプレーから生じる「チームワーク」だけだ。”公安9課課長 荒巻大輔 『攻殻機動隊 S.A.C.』05話「マネキドリは謡う」より

Yako そう(笑)。会社だから本当はあんまりよくないけれど。もちろん受注した仕事はきちんとやるし連携も取るんだけど、作品活動やflapper3の活動に関しては、好き放題にやることで今の形が成り立っているから。
高校の時からflapper3をやってるから思い入れが強いっていうのもあるけど、みんなそれぞれのフィールドが違うんですよ。お互いにネット上のネットワークが違う。WEBやプログラミング関係の人と繋がりを持っている人間もいれば、僕は映像界隈とかVJ界隈とか。全く別の分野のネットワークを繋げることができるっていう強みは大きいです。自分に足りない部分、「やりたいことがあるんだけど、自分のネットワークでは出来ない」ことの相談がメンバー同士でできることがチームの利点かなと思います。
あとはやっぱり、お互い尊敬できる部分を持っているから成り立っている気がする。逆に言えば、「ダメだ」と思ったら、たぶん簡単に切るんだと思います。

Chapter4: Bunkai-Kei Record

─異なるネットワークが、例えば分解系では先日の『COMIC LO』(コミックエルオー 茜新社)とのコンピレーション『Elect-LO-nica Compilation』のような仕事に表れているように感じます。

Yako 最初のコンセプトは僕の中にあったけれど、WEB屋に頼む方が面白いものを出してくれるに決まっているから。「萩原だったらここに何があったら面白いと思う?」と相談を持ちかけて、協力して作ってもらった。

─「分解系」を立ち上げた経緯を教えて欲しいです。

Yako 完全に趣味ですね。とにかく僕はゴク(Go-qualia)さんが好きだったんです。最初は本人を東京に呼んでイベントやりたいっていうだけの思いから始めて、確信はあったけど、それにしても想像以上の反響があった。イベントでも入場制限がかかる程で、これはきちんと形にすべきと思いました。 ゴクさんはネットレーベルでのリリースやニコニコへの曲のアップはしていたけど、アニメやゲームのリミックスばかりだった。それはそれで大好きなんですが、分解系の一枚目のアルバムに収録している曲の半分は、MySpaceYouTubeでUPされていたオリジナル音源なんです。でも、当時そこでは再生数200程度だったんです。
ニコニコ動画だったら『化物語』の「恋愛サーキュレーション」リミックスが万単位の再生数なのに、「なんでオリジナルがこんなに伸びないんだ!?」と思った。これは世に広めるべきだっていう個人的な強い思いが元々あったんです。でも現状として、その時にあったネットレーベルを考えると、例えばMaltine Recordsからゴクさんが出るのは違う。
ALTEMA RecordsにしろMaltineにしろ、フロアライクの曲──フロアでいかに盛り上げるかとか、ネットでいかにネタとして盛り上げるかという方法論でやっている側面が強い。それとは違う、もっと生活に溶け込むネットレーベルがあってもいいと思う。ゴクさんの音楽はそのコンセプトによく合うし、「CDJでかけられる回数が多いよりも、iTunesでの再生回数が多い方がうれしい」というネットレーベルがあってもいい。

─分解系の音源はBGMにしても本当に違和感がありません。

Yako むしろBGMにしてほしい。音楽の楽しみ方──僕もクラブが好きだし、音楽で踊るのも好きだし、あと高校時代はパンクスのライブにもよく行っていた。だけど、「出向いて楽しむ音楽と違う音楽」をやりたかった。自宅でパソコンからネットを見てる時、電車の中でiPhoneをいじってTwitterを見ている時に聴ける音楽がほしいと思っていたんです。そういう空気みたいな音楽をネットレーベルからやりたかった。
ネットは今浸透していて、もはや空気みたいなものになっていますよね。だから空気みたいな音楽がネットから出るべきだと思ったし、ユーザーにも合致する。それで始めたのが分解系でした。

後編はこちら

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