学芸大青春「漂流兄弟」舞台裏レポ アニメでも実写でもない3Dドラマのつくり方

POPなポイントを3行で

  • 5人組ボーイズグループ・学芸大青春(ガクゲイダイジュネス)
  • 3Dドラマ『漂流兄弟』の舞台裏を独占取材
  • とんでもない手間暇がかかった、映像制作の革新
漂流兄弟』は、5人組ボーイズグループ・学芸大青春(ガクゲイダイジュネス)が主演する3Dショートドラマ。普段から仲の良いメンバー達が兄弟役を演じ、全編バーチャル空間で撮影される異色のホームコメディだ。

近年のバーチャルYouTuber(VTuber)ムーブメントの盛り上がりもあって、3Dキャラクターによる映像作品は数を増やしている。

音楽活動をしているVTuberたちによるMVや生配信ではないショートアニメーション、さらにはテレビアニメや劇場版アニメにおいてもフル3DCG作品がいよいよ隆盛を極めている昨今だが、3Dでの“ドラマ”となると話が変わってくる。

結論から言うと、3Dドラマ、とてつもなく手間暇のかかる工程を踏んで制作されていることが明らかになった。
記事末には、読者へのプレゼント企画も!

取材・執筆:オグマフミヤ 撮影:小野奈那子

の前に、まずは「学芸大青春」について

学芸大青春はボーイズグループで、生身のメンバーたちの存在を公言しながらも、現時点では3Dキャラクターの姿でのみ、オフィシャルでは活動をしている。 アニメ調の3Dキャラクターという見た目はVTuberとも共通するが、あくまでキャラクターではなく、生身の本人がアバターを実装して活動していることが特徴だ。中の人の存在を明らかにしている点では、ジャニーズによるバーチャルアイドル「バーチャルジャニーズプロジェクト」にも近いと言えるかもしれない。

彼らの所属するVOYZ ENTERTAINMENTも、二次元と三次元どちらのタレントも所属する異色の芸能事務所である。

ただでさえミステリアスな出自を持つ学芸大青春だが、その彼らがさらに、バーチャル空間でのドラマ撮影──つまり、自分とは別の人格を演じる──という新たな試みに挑む。
『漂流兄弟』予告映像 Part.1
アニメとはなにが違うのか、そもそもどうやって撮影しているのか。疑問は尽きない

VOYZ ENTERTAINMENTとのグループ会社であるパルス株式会社が運営している撮影スタジオに、今回、初めてカメラが入った

メンバーたちにとってドラマ撮影はもちろんはじめてのことだが、3Dアニメとも実写ドラマとも違う"3Dドラマ"という新たな形態の映像制作は、監督をつとめた映像作家の篠田利隆さんをはじめとするスタッフにとっても挑戦の連続だったという。

学芸大青春の収録、スタジオ機材だけで数千万円以上…

スタジオはPCなどの機器がひしめく手前のブースと、実際にメンバーたちが演技をする奥のブースに別れていた。様々な映像制作の現場を取材してきた我々も、見たことがない撮影機材が並ぶ様子に圧倒される。

通常のスタジオとは異なり、スタッフ用のブースと演者のブースとがガラスなどで仕切られていない

演技ブースを取り囲む無数のカメラによって、メンバーたちの動きをトラッキングしていく。個人で全身をトラッキングする場合、頭・両手・腰・両足の6点が追えれば上等といえるが、このスタジオではそれぞれの指先まで張り巡らされた49もの反射マーカーによって、精密に動きをトラッキングできる。

その分機材も高価なものが使われており、全身を覆うスーツは1人あたり約10万円。つまりメンバー5人分では約50万円にもなる。

モーションキャプチャーを実演してみせてくれたスタッフさん

実際に演技を行う空間をカバーするのは44台のカメラ。カメラといっても映像を撮影する一般的なものではなく、赤外線の反射によって三次元的に動きを読み込む高度な専用機材が使われている。

この規模の環境の整備には、全体でおよそ数千万円かかっているという。 国内でも指折りの豪華設備を整えているが、最低でもこのレベルでないと学芸大青春に求められるクオリティは発揮できないそうだ。

「かなり力を入れたスタジオではあるんですが、メンバーたちはとにかく元気に動き回るので、この設備でも追いきれないことがある」という。

カメラから赤外線LEDを照射して、49のマーカーの反射位置をカメラで拾って算出し、それを3Dモデルと連動させる

早速度肝を抜かされる情報の連続だが、驚きはまだまだ続いていく。

学芸大青春の本気 プロフェッショナルとの“バーチャル二人羽織”

読み込まれたモーションデータは、INSPIXというシステムに送られる。INSPIXはスタジオを構えるパルス株式会社が開発したバーチャルライブに特化したライブ配信システムであり、VTuberによる音楽ライブに活用されることもあるハイエンドなものだ。

INSPIXは、過去いくつかのVRユニットがライブを行っている

『漂流兄弟』の撮影においては、バーチャル空間での3Dキャラクターの制御に加え、家具や小物といったアイテムのコントロールもINSPIXが司っている。 脚本に合わせてアイテムを動かす必要があるため、机や椅子、ドアといった部屋の設置物を背景としてあらかじめつくっておくのではなく、それぞれを個別のオブジェクトとして管理する手法がとられている。

実写の場合、ドアを開けるシーンを撮影するのに苦労はないが、3Dドラマの場合はそうはいかない。ドアを掴めない3Dキャラクターが開ける動作に合わせて、タイミング良くドアを動かすというもう一つの作業が必要になる。そのため、実際に演技をするメンバーに加えてこの3Dドラマならではの工程を成立させるプロフェッショナルが存在する。 例えば冷蔵庫を開けるシーン。人物の動きはしゃがんでドアに手をかけ手前に引くというものだが、それに合わせて冷蔵庫の開く動作のスイッチを入れるのがオペレーターだ。 当然、少しでもお互いのタイミングがずれると、誰も触れていないのに物が動いたり不自然な映像になってしまう。「メンバーのレッスン動画も繰り返し見て、演技のタイミングや癖を熟知し、練習を重ねて呼吸を合わせていくんです」と説明しながらだというのに、ドアの開閉を一切の違和感なく行ってみせる。

その様子は、さながらバーチャル二人羽織とでも言うかの如し。

スマホなど小物の出し入れもオペレーターが担当する。ポケット付近に手を近付けたタイミングで、スマホのオブジェクトを手に接続させる

それぞれのメンバーに専属のオペレーターがついているため、映像の上で動いているのは5人だが、実際には10人の人間が完璧なタイミングで演技とオペレーションをシンクロさせてドラマに魂を吹き込んでいるのだ。

3Dでも実写感のある映像を…果てなき挑戦

演技とオペレーションのタイミングはリハーサルにて詰められていくが、リハーサルの中ではもう一つ撮影における重要な工程が行われている。それが監督によるカメラアングルの設定だ。

オーイシマサヨシさんの『オトモダチフィルム』MVや日清カレーメシのCM『こいつらガールズ』など、実写からアニメーションまで幅広く映像作品を手がけてきた篠田監督は「3Dドラマというものが初めてで、最初は本当に勝手がわからなかったのですが、徐々に慣れてきて面白くなっていきました」と語る。

アニメ制作の場合は、尺からアングルまで、すべてを細やかに指定した絵コンテが用意されているが、3Dドラマである『漂流兄弟』の場合はそうではない。

写真左が、監督の篠田利隆さん

篠田監督 いただいた脚本をもとに絵コンテを用意もしますが、大まかな流れとキメカットのような特殊なシーンだけアングルを決め、あとはリハーサルをしながらどこから撮るかを決めていくんです。

『漂流兄弟』1話の絵コンテの一部。特定のシーンやカットのみが指示されている

バーチャル空間上ではカメラアングルを複数設定でき、このスタジオの設備では同時に最大6~8アングルから撮影を行うことができる。実写で同じように撮影しようとするとアングルの数だけカメラとスタッフが必要になることを考えると、いかに革新的な手法なのかがわかるだろう。

アングル数、つまりカメラ台数やそれぞれの場所・角度・動きなどを細かく設定できる

固定カメラに加え自動でメンバーの動きに追従するカメラも設定できるが、リハーサルを重ねるうちに手動でアングルを調整しながら撮影をする必要も出て来るそうだ。「そんな時はこれを使います」と、出てきたのは見覚えのあるゲーム機のコントローラー

そう、某ゲーム機のコントローラーだ

オペレーターの「バーチャル空間上にドローンを浮かべているようなものですね」という説明がわかりやすいだろう。直感的にカメラアングルを操作することで、手持ちのカメラで撮影しているようなリアルな質感が映像にもたらされていく。

こうした入念なリハーサルを経て、決められたカメラアングルが静止画として香盤表に貼り付けられていく。

『漂流兄弟』6話の香盤表の一部。リハで決めたカメラアングルやカットがコンテとして追加されている

いわば絵コンテをアップデートした香盤表に基づいて本番の撮影が行われるのだが、そもそも本番時にアングルの調整も行えば作業工程が減るのではないか? 素人目には一見、二度手間に思える工程だが、もちろん重要な意味があってのことだ。

篠田監督 あらかじめ撮影するアングルを整理しておくことで、このカットと次のカットはアングルが同じだから連続して撮影しようというような調整を行うこともできるんです。

カメラアングルの整理と撮影手順は、ただでさえ複雑な本番の撮影における負担を削ることに繋がっていた。こうした細かな工程のブラッシュアップを重ね、制作チームは3Dドラマ撮影という未知の世界に挑んでいる。

カット割とカメラワークのマジック

カメラワークの入念な調整が作業工程の洗練という重要な意味を持つことはわかったが、映像にはどのような影響を及ぼしているのか。 それがよく分かるのが、部屋の奥にある食卓へ移動するシーン。ここでは見せる部分とあえて見せない部分を調整するカメラワーク、そしてそれらを繋ぐカット割のマジックが発揮されている。

『漂流兄弟』という作品におけるバーチャル空間上の部屋は、実際の演技スペースより奥行きのある間取りになっている。つまりメンバーが動き回れる現実のスペースに対してバーチャル空間上の部屋が大きいので、そのまま奥へ移動することができない

そのため、奥にある食卓で撮影する場合は、一旦背景となっているルームの設定を変更する必要がある。実写でいうと背景のセットを組み替えるようなものなので全く別の映像を撮影することになるのだが、それらを違和感なく繋ぐためのテクニックがある。

といっても仕組みは単純で、まず部屋の手前から奥へ向かう動きを撮影、その後ルームの設定を奥に変更し、今度は部屋の手前から奥へやってくる動きを撮影して編集で繋ぐ。

要は、実写のバラエティなどで目にする、スタジオで飛び上がった後に、ロケ地へ移動しているワープのようなものだ。

(左上から時計回りで)部屋の手前から、人物を移動させてカメラアングルを一度切り替え、奥の食卓に全員が移動している場面に切り替えるというシークエンス

「本当は離れている世界を繋げているように見せるのはカット割の面白さですし、手法としては実写のテクニックに近いですね」。アニメーションも実写も制作してきた豊富な経験を持つ篠田監督の手腕はここでも遺憾無く発揮されている。

さらに、カメラの設定では角度や距離といったアングルの調整のほかにも、被写界深度の調整もすることができる。人物にピントを合わせ、背景をぼやかすことで実写のような映像を仕上げることができるが、その分調整も複雑になるため、難度という点でも3Dドラマ撮影は実写と同等かそれ以上のものになっていることがわかる。

被写界深度、つまりピンボケまでアングルごとに細かく設定できる

複数のカメラアングルで撮影されるということは、それだけ撮影素材の数も膨大になることを意味している。

「10分の1話分を撮るのに100パターン以上のアングルを設定することもあります。数take撮る場合もあるし、撮影ファイル数も一番多い時は1話につき700越えていました」とオペレーターは言う。

700とは途方もない数字だが、それを編集するのは途方もない作業なのではと問うと「そりゃ大変です…(笑)」と複雑な笑みを浮かべる篠田監督。

篠田監督 MV撮影の場合は撮影した映像素材を曲に合わせて並び替える段積みという作業があるのですが、今回の撮影でも同じように脚本に合わせた素材の整理をあらかじめアシスタントにやってもらいました。それでも素材数が膨大なので普通の編集に比べるとやはり苦労しましたね。

監督の編集画面。タイムライン上に複数のファイルが並んでいるのがおわかりだろう

あとで大変だとわかっていたのに、カメラアングルを増やしたのは当然、監督自身の指示。「メンバーの、より良いカットを撮りたいですからね」とポツリとつぶやいたその言葉には、重たい説得力がある。

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