『パラサイト』ポン・ジュノ&ソン・ガンホ インタビュー 二人が語る“傑作の出発点”

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『パラサイト』ポン・ジュノ&ソン・ガンホ インタビュー 二人が語る“傑作の出発点”
『パラサイト』ポン・ジュノ&ソン・ガンホ インタビュー 二人が語る“傑作の出発点”

ポン・ジュノ(左)とソン・ガンホ(右)

POPなポイントを3行で

  • 『パラサイト 半地下の家族』ポン・ジュノ&ソン・ガンホ インタビュー
  • 「社会的な大きなメッセージが出発点ではない」
  • “におい”はなぜ国境を超えたか
ポン・ジュノ監督最新作『パラサイト 半地下の家族』が1月10日より封切られた。

昨年カンヌ国際映画祭で韓国映画として初のパルムドールを獲得し、韓国を皮切りに、アジア、ヨーロッパ、北米と世界中で記録的大ヒット、1月5日にはゴールデングローブ賞 外国語映画賞を受賞し、アカデミー賞の受賞を有力視される本作の日本公開はまさに待望と言うべき機会だ。 豪邸に暮らす裕福な家族と“半地下”に暮らす貧しい家族の対比的な姿を通じ、人々の避けられない亀裂をブラックユーモアいっぱいに、またサスペンスフルに描くこの映画は、韓国が抱える過酷な社会問題に焦点を当てながらも、多くの観衆を惹き付けてやまない普遍的エンタメ要素に溢れた複合的な魅力を持つ作品である。 昨年12月27日から行われていた先行上映に合わせ来日していたポン・ジュノ監督と主演のソン・ガンホは、連日の過密な取材スケジュールにも関わらず、写真撮影の際にカメラマンが接近するよう要望するとガッシリとお互いを抱き合って応えるなどサービス精神旺盛で、その朗らかな人柄と息の合ったコンビネーションに現場も明るくなった。

殺人の追憶』『グエムル-漢江の怪物-』『スノーピアサー』、そして『パラサイト』とこれまで4作にわたりタッグを組んで創作を続けてきた両氏。本インタビューにおいても、映画製作の上で「それぞれのクリエイティブ性に最大限任せること」を重要視しながら、本作における重要なシーンについては意見を交換し合ったというエピソードを明かすなど、それぞれの持つクリエイティヴィティを尊重し合う姿勢を見せた。

互いを“同伴者”と呼び絶大な信頼を寄せ合う彼らに、韓国で暮らす二つの家族の小さな物語を通じ本国のみならず他文化圏の観衆の心を捉えた『パラサイト』における創作の源泉と形成までのを道程、本作に込めた表現者としての思いを聞いた。

取材・執筆:菅原史稀 撮影・編集:和田拓也

ポン・ジュノが考える、傑作の出発点

ポン・ジュノ

──『パラサイト 半地下の家族』は二つの家族の姿を通じて社会に存在する不平等が描かれている作品ですが、まず本作の着想はどのようなプロセスを経て得られたのでしょうか。

ポン・ジュノ アイデアというのは、私たちの日常のあちこちに溢れているもので、それをその都度、いかに正確にキャッチして拾い上げるかが重要です。そのためには絶えずアンテナを鋭敏に張る必要があると思いますが、傑作の出発点というのもやはり私たちの身体、手先から感じられる様々なものにあると考えています。

なのでアイデアをただひたすら待っているのではなく、自分の状態を敏感に保っていなければならないですし、そうすることでアイデアを瞬時に掴まえることが出来るのではないかと、私は考えています。二時間の大きな映画であっても、その出発点というのは些細なものや簡単なものから始まっていることが多いのです。

──社会的な大きなメッセージよりも、まず、人の小さな営みから得るインスピレーションが大事だと。

ポン・ジュノ この作品では、裕福な人と貧しい人のストーリーを通し社会の二極化について描かれています。しかし私は経済学者でもなく社会学者でもないですから、最初から私がそういった問題について彼らのような観点で分析し、メッセージとして伝えることはありません。もちろん、格差社会をもっと覗き込んで深掘りしたい欲は自分のなかにありつつね。

それよりも、私はなにか独特で面白い話はないかと絶えず思いを巡らせていて、どうしたら面白くおかしな映画を作ることが出来るのか考えているうちにこの突拍子もないストーリーのアイデアを思いつきました。その結果、裕福な人と貧しい人の格差を描くことに行き着いたんです。

表現者同士の信頼関係が『パラサイト』を形作った

──ソン・ガンホさんは本作の脚本を読んだ際、ポン・ジュノ監督過去作品でご自身も主演を務められた『殺人の追憶』(2003年)を想起したと同時に、「ポン・ジュノ監督の驚くべき進化」を感じられたそうですが、その進化について詳しく聞かせてください。

ソン・ガンホ ポン監督は20年前からずっと、人の人生というものを温かい視線で、また時に冷徹な視線で見るという姿勢を堅持し探求してきました。その現実的で哲学的な見方が本作でより深まり、拡がり、鋭くなったという意味での進化ということですね。

ソン・ガンホ

──ソン・ガンホさんはこれまで活力に溢れたキャラクターを多く演じてきた印象がありますが、本作では貧しい家族の父親ギテク役を通じ、活力の無い平凡な人物として物語を牽引しています。監督からはどのようなディレクションがあり、どう役作りをしたんでしょうか。

ソン・ガンホ 『殺人の追憶』を撮っていた頃から、監督と会話をして方向性を決めるというよりも、自分なりの分析・解釈・表現、つまりそれぞれのクリエイティヴ性に最大限任せることを大切にやってきました。演技を見せる方法を選ぶほうが豊かな創作の源泉となると考えているからです。

ポン・ジュノ 今回は、撮影前の段階で顔にシワを寄せながら真剣に相談したのは二回だけでしたね。クライマックスのシーン、そしてギテクが『ノープラン』と言うシーンです。

私は、脚本や絵コンテを通じてキャストの皆さんに私が求めていることを表現し伝えていると考えています。ガンホさんを含めキャストの方がたは、全員がそれらを本当によく把握して吸収し、それぞれの方法でアプローチしています。役者さんたちは、自身の想像力を持って現場に来るわけです。ですので、私たちの現場ではリハーサルをほとんどしませんし、私も役者さんもそういう方法をあまり好みません。事前に打ち合わせをして感情の消耗をすることを誰も望んでいなかった。カメラの前で会って、そこから一緒に作品を作り上げていきました。

──ではソン・ガンホさんは、脚本からギテクという役をどのような人物だと解釈しましたか?

ソン・ガンホ 今回、私が演じたギテクという役は、例えて言うならタコのような人物です。軟体動物であるタコは、吸盤を持っていますよね。その吸盤をどこかにピタッとくっ付ければ、そこから下に落ちることはない。人生において無謀に見えたり、あるいは無気力に見えたりする人でも、吸盤をくっ付けて踏ん張るタコのようにみんな頑張って生きています。ギテクも、表向きは無気力に見えますが、隠された吸盤を持っているのです。

『パラサイト 半地下の家族』

──この映画のラストにはとても衝撃的なクライマックスシーンが待ち受けていますよね。結末を知ったとき、ソン・ガンホさんが感じた率直な感想を聞かせてください。

ソン・ガンホ ポン監督が書かれたこのクライマックスシーンはもちろん最初のシナリオにも描かれていたものですが、シナリオ段階のものと映画になっているものでは少し違いがあります。完成した映画の結末のほうが、より赤裸々に、果敢に撮影されているんです。私はそちらのほうが強烈で良いなと思っています。

現実は物語よりももっと残酷でもっと冷酷であり、私たちはそういった環境の中で生きている。なので、この映画で描かれた結末のほうが、より正確な答えだったのではないかなと思っています。私も、一つの躊躇いもなくこのクライマックスシーンの撮影に挑んだことを覚えていますよ。 ポン・ジュノ もともとのシナリオは、完成された映画よりももっと曖昧な結末となっていましたが、絵コンテを描く段階でより露骨な描写に変更しました。

この変更についてガンホさんに相談したところ、『現実のほうがより過酷で惨いものなのだから、この方向性のほうが良い』と快く同意してもらえたので、思いきりよく撮影に臨むことができました。

“におい”はなぜ国境を超えたか

──本作のテーマである、「人々の間にある避けられない亀裂」を象徴するものとして、“人のにおい”が重要なモチーフとして登場しています。視覚表現である映画でなぜにおいを用いたんでしょうか?

ポン・ジュノ 人間には誰にでもにおいというものがありますが、私たちは人のにおいについて語ることはあまりありませんよね。なぜならにおいというのは、その人の置かれた状況や人生の環境、条件を表すものだからです。例えば、その人がどんな環境で労働しているのか、どんな家に住んでいるのか、そういったことがにおいを通じて何となく滲んでしまう。だからこそ、私たちはにおいについて慎重にならざるを得ないのです。 ポン・ジュノ でもこの映画では反対に、人間が人間の境界線を越え、においについて赤裸々に描かれています。においというものが描かれることで、悲劇的な芽が生じてくる状況が生まれるのです。『パラサイト』は、裕福な人と貧しい人が、お互いのにおいを嗅げるほどに接近し展開していくストーリーとなっています。だからこそ、においという要素は本作において必然になったのだと思います。

──この映画は、韓国のみならず全世界で多くの人が観ている作品となっていますが、一方で劇中には“半地下(韓国でポピュラーな居住形式で、一階と地下の中間に設けられた空間)”や“古い切り干し大根のにおい”といった韓国文化に深く根差す日常的なモチーフが多く登場しています。

このドメスティックなアプローチは、他文化圏の観衆にとってどのようなイメージをもたらしたと考えていますか?


ポン・ジュノ この映画には韓国的なディテールが多く描かれているので、私も最初は外国の方に理解していただくことが難しいのではないかと考えていました。しかし、いざ蓋を開けてみたらカンヌ映画祭でも皆さんによく受け止められていると感じることができました。

だからといって、何か普遍的で、ユニバーサルなものを最初から作ろうとしたわけではないのですが、この作品における社会や家族の状況というものが全世界にある暮らしに繋がっているというのは、世界的な生活の状況が均質化しているということを表しているのではないかと思います。今はインターネットやSNSを通じて人々の暮らしを覗き見ることの出来る時代ですので、そういった意味ではバリアや障壁というものが無くなってきています。

──生活状況の均質化が、表現における障壁をも無くしている。

ポン・ジュノ 例えば、この映画のオープニングでは半地下の窓を通じて外の光景が映し出されていますが、この半地下という独特な居住形式の窓から見える景色というものを外国の人は「あ、ちょっと変わっているな」「韓国にはこんな家があるんだ」と思われるかもしれません。 ポン・ジュノ しかしその後に家の中にいる息子と娘がWi-Fiの電波を探すシーンを見れば、海外の観客の心もすぐにオープンになるのだと思うんです。なぜならWi-Fiの電波を探す行為は、今全世界においてどこでも行われているものだからです。そうして、私の意図するところではないところで普遍的なイメージが作り出されたのではないでしょうか。

二つの世界を繋ぐ“窓”が担った、ポン・ジュノの「映画的な宇宙」

──ポン・ジュノ監督は以前、「本作における映画としてのスケール感により、非常に詳細なところに焦点を当てる物語を作ることができた」と仰っていました。その言葉通り、この『パラサイト』は二つの家族の個人的な空間というものが密に描かれています。現代社会における普遍的問題をミクロな世界を通して見つめる意義についてどう考えられていますか?

ポン・ジュノ この映画のミクロな世界というのは、つまり「家」という個人的空間のことですよね。

この作品におけるストーリーの9割は二つの家族が暮らす家の中で展開されますが、そんな狭い空間の中で展開される物語にも関わらず、観ていて窮屈さや単調さを感じない。それは、この二つの家の中に貧しい世界、裕福な世界の全てが詰まっているからだと思います。

それを描いていくためにこの二つの家の間に存在するレイヤー(層)を細かく描いているのですが、お金持ちの家の中には、そこに住む家族がもつ多層なレイヤーがあり、そのレイヤーは物語が進むうち次々に明らかとなっていきます。 ポン・ジュノ また同時に、貧しい家の方は空間自体は狭いながらも、あの家の「窓」は外に向かって開かれているような造りになっている。あの窓から見える街ゆく人の様子を通じて、外の世界と繋がっていることを表しています。

──確かに、半地下から見える景色はとても印象に残っています。本作においてあの窓は、貧しい家族と外の世界を繋ぐ重要な役割を担っていたんですね。

ポン・ジュノ さらに洪水が起こるシーンでは、あの窓から雨水が家の中に侵入してきます。外の世界が自分たちの世界まで侵食していく様子を象徴していて、外の世界と貧しい人々の状態を表しています。こういったことを描くことで、この映画における二つの家というものを通じた「映画的な宇宙」を造り出せるのではないか、そう思ったんです。 インタビューカット現場の写真をもっと見る

映画『パラサイト 半地下の家族』ストーリー
出演: ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン 
監督:ポン・ジュノ(『殺人の追憶』『グエムル -漢江の怪物-』) 撮影:ホン・ギョンピョ 音楽:チョン・ジェイル 
提供:バップ、ビターズ・エンド、テレビ東京、巖本金属、クオラス、朝日新聞社、Filmarks/配給:ビターズ・エンド 
(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED /2019年/韓国/132 分/PG-12/2.35:1/
英題:PARASITE/原題:GISAENGCHUNG/ www.parasite-mv.jp
2020年1月10日(金)ほか全国ロードショー!
2019年12月27日(金)より先行公開中

韓国文化を紐解く

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映画情報

『パラサイト 半地下の家族』

出演
ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン 
監督
ポン・ジュノ(『殺人の追憶』『グエムル -漢江の怪物-』)
撮影
ホン・ギョンピョ
音楽
チョン・ジェイル 
提供
バップ、ビターズ・エンド、テレビ東京、巖本金属、クオラス、朝日新聞社、Filmarks/
配給
ビターズ・エンド

(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED /2019年/韓国/132 分/PG-12/2.35:1/
英題:PARASITE/原題:GISAENGCHUNG/

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菅原史稀

編集者/ライター

1990年生まれ。webメディア等で執筆。映画、ポップカルチャーシーンの分析を主な分野とする。

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