“平成の笑い“をつくった松本人志 客を育て、探求した笑いのメカニズム

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「お笑い」と「お笑い以外」の境界線をかき乱す映画諸作品

「すべらない話」シリーズが回を重ねていくのと一部同時期に制作されていたのが、計4本の映画作品だ。

毎作品で賛否両論分かれ、また基本的にはコメディでありながら、既存の映画のフォーマットからあまりにも逸脱していることで「どう観ればいいのかわからない」という声も聞かれた。

『大日本人』/画像はAmazonより

しかし時を経て現在、それを読み解くヒントになりそうな作品がある。2017年にアメリカで社会現象を巻き起こしたインディーズ映画『ゲット・アウト』だ。

ホラー映画である本作は、人種差別を題材にしながら、底冷えする恐怖を克明に描写している。

しかしながら、間の取り方やアングル、表情、物腰など、恐怖を突き詰めるあまり、むしろ不謹慎にも「なんだかちょっとおもしろい」シーンがたびたび登場する。これはおそらく、漫画を題材にした漫画『バクマン』(原作・大場つぐみ、作画・小畑健)で繰り返し言及された概念「シリアスな笑い」にも似たものだ。
この『ゲット・アウト』に感じた妙な違和感は、監督・脚本を務めたジョーダン・ピールがアメリカの人気コメディアンだと知って一気に晴れた。

笑いを生業とする者だからこそ、笑いと表裏一体の恐怖もまた巧みに生み出すことができる。そしてその2つはしばしば境界線が曖昧になることを肌で感じて知っている。松本人志の監督作品にも似たことが起こっていたのではないだろうか。

繰り返しになるが、松本人志がやってきたのは「おもしろいとされていないこと」を「おもしろいこと」に転じるお笑いだ。

その志向が映画というフォーマットではより顕著に出たとするならば、『ゲット・アウト』での「笑い」と「恐怖」がそうであったように、「笑い」と「笑い以外の要素」の境界線を曖昧にすることで新しいおもしろさを生み出そうとする実験が、松本人志の映画諸作品なのではないかと感じたのだ。

言わずもがな非常にハイコンテクストなやり方なので、それについていけなかったときに「どう観ればいいのかわからない」という感想に帰着するのは得心がいく。

ちなみに、ラーメンズ「採集」、千原兄弟「ダンボくん」、バナナマン「留守電」など、「笑えるホラー映画」ならぬ「怖いコント」も名作が数多くあるので、前述の考察において理解の助けになるかもしれない。

『ドキュメンタル』で"1周"した松本人志と「次なる実験」

ここまでなるべく時系列に沿って松本人志が各作品でおこなってきた実験を読み解いてきた。

実験的なコンテンツというのは読み解くのにそれなりの労力を要する。情報を収集し、文脈を理解し、読解して、そこで初めて批評し、「おもしろい」と感じることができる。

紹介した諸作品の中には、その実験性ゆえに理解が及ばず、充分におもしろさを見いだせずに離れていった視聴者もいるかもしれない。

『ドキュメンタル』もまた、密室に集められた10人の芸人たちがお互いを笑わせ合う長時間耐久戦というこれまでにない実験的なスタイルをとっているが、そのおもしろさを理解するのに適した環境が実に有機的に整えられていると言える。その要因がまさに、サブスクリプション式配信という形態をとっていることなのだ

松本本人は『ドキュメンタル』について、「相当一生懸命見てもらわないと、このおもしろさってなかなか伝わらない」と語っており、これが松本人志とサブスクリプションとの相性の良さを端的に示している。

『ドキュメンタル・シーズン3』 番組説明 | Amazon プライム・ビデオよりキャプチャ

つまり、サブスクリプションという特性上、観たい人が観たいときにじっくり好きなだけ向き合うことができる。そして”勧めた相手にも観られる”。テレビ番組の場合、おもしろいと思った番組を人に勧めても、後日その人が番組を観られることはごくわずかだ。それがサブスクリプションの場合は解消される。

多くの人がこの実験を目撃し、意見を交わすことで、理解がぐんと速まり深まる。新シーズンが公開されるたびに大きな話題を呼ぶのは、こうした点による部分が大きいのではないか。

『ドキュメンタル』では、地上波放送ではないからこその過激なやり方で芸人たちが己の実力を示しあうが、ときにまったく意図しない笑いが生まれてしまう奇跡が、大きな魅力となっている。

これはまさに『ごっつええ感じ』の過激さ、『すべらない話』や『IPPONグランプリ』の系譜である芸人の自力を問う形式、映画諸作品で試みた「笑いと笑い以外との境界線」が曖昧になる領域のおもしろさ、すべてが集約されたものといえる。

なかでも、松本人志本人がオーガナイズ(コメンタリ)側に回り、具体的なことはすべて出演者に任せた結果として出てきた笑いが、松本自身が培いその後手放した暴力・下ネタ・不謹慎にまみれた、「ごっつ」を彷彿とさせる過激なものであったことは、示唆に富んでいる。つまり、奇しくも『ドキュメンタル』で「松本人志が1周した」といえるのではないだろうか。

そしてこの考え方に沿うなら、今秋始まる新番組は、松本人志の「2周目最初の作品」にあたることになる。現在までに公開されている情報では、この新番組「FREEZE」ではいったいどんな実験がおこなわれるのか、まだ見当もつかない状況だ。松本は『ドキュメンタル』について劇中で語っている。

笑いのメカニズムというか、笑いって何なんだろう。何が本当におもしろいってことなんだろう
僕も未だに答え出てないですからね

きっと答えの出る問いではないのだろうが、新番組では『ドキュメンタル』よりもさらに「松本人志の笑い」を追求した、最新型のお笑いが観られることは間違いない。

そして、それが松本人志の平成最後の笑いの実験になるということは、日本の「笑い」を考える上で大きな意味を持つのではないだろうか。
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ヒラギノ游ゴ

ライター

平成東京生まれのライター。多趣味を標榜し、音楽、テレビ、スニーカーを興味の中心に据え、90年代ストリートカルチャー、ジェンダーを巡る社会的課題、アジア圏のポップミュージック、ジャニーズ、スラッシュフィクション、ラブホテル、大相撲など多岐に亘る関心事の情報収集を日々行う。直近で一番精力的に取り組んでいる趣味はナルミヤブランド史研究。

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