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POPなポイントを3行で

  • 『ye』に至るまでのカニエの道のりを振り返る
  • 炎上? 天才? カニエの葛藤の根源は
  • 数々のアーティストをプロデュース、チャンスとの合作も?

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カニエ・ウエストはどこから来て、どこへ行くのか

カニエ・ウエスト/画像は公式Facebookより

どうも、ラッパーのRAq@raq_reezy)です! この連載「『洋楽ラップを10倍楽しむマガジン』出張編」も6回目となりました。

さて、今回とりあげるのは、9月29日に新作『Yandhi』をリリースするのではないかと推測されている、僕が大好きなラッパー、カニエ・ウエスト(KANYE WEST)です。

最近のカニエといったら、政治的発言や授賞式で暴走するお騒がせセレブといったイメージが強いのではないでしょうか。

カニエ自身の楽曲「I Love Kanye」でも歌われているように、昔のカニエを懐かしむ人は大勢います。

I miss the old Kanye, straight from the Go Kanye
Chop up the soul Kanye, set on his goals Kanye
I hate the new Kanye, the bad mood Kanye
The always rude Kanye, spaz in the news Kanye

昔のカニエが懐かしい、シカゴから飛び出してきたカニエ
ソウルをチョップしてたカニエ、自分の目標に向かってたカニエ
新しいカニエが嫌い、機嫌が悪そうなカニエ
いつも無礼なカニエ、ニュースで騒ぎ立てるカニエ Kanye West - “I Love Kanye”

しかし常に未来志向のカニエに、過去の姿に戻ることを期待しても実現する可能性は薄いでしょう。

そこで、今回は僕自身の解釈も交えながら、新作のリリースを控えたカニエの歴史を紐解きたいと思います。

昔からカニエを見てきたけれど最近の行動は理解に苦しむという人も、最近カニエを知ったという人も、カニエの現在地点を少しでも理解できるように紹介していきます。

文:RAq 編集:ふじきりょうすけ

シカゴから飛び出してきたカニエ

カニエはビートをつくるプロデューサーとしてキャリアをスタートしています。

シカゴの美大に通いながら、ラッパーにビートの提供を始めましたが、トントン拍子にキャリアが進んだわけではありませんでした。

Before anybody wanted K. West beats
Me and my girl split the bucket at KFC
Dog, I was havin' nervous breakdowns
Like "Man, these niggas that much better than me?"

誰もカニエ・ウエストのビートを欲しがらなかった頃
俺と彼女はケンタッキーフライドチキンでバケットを半分こしてた
なぁ、俺は気が滅入っちまってたぜ
「他のやつらのビートが、そんなに俺よりも良いか?」ってね Kanye West - “Touch the Sky” feat. Lupe Fiasco

それでもカニエはビートをつくり続け、やがてジェイZと仕事をするまでになります。ジェイZのアルバム『The Blueprint』では、プロデューサーとして5曲を提供しました。

Doing 5 beats a day for 3 summers
That's A Different World like Cree Summer's

毎日ビートを5個つくるってのを、夏が3回来るまで続けた
クリー・サマーズが演じた作品名みたいに、まさに『別世界(A Different World)』さ Kanye West - “Spaceship”

当時、カニエはシカゴ出身ならではのソウルフルなサンプリング音源選びや、チップモンクソウルと呼ばれる"ネタのピッチをあげて利用する手法"を駆使して、サンプリングによるビートの気持ち良さをシーンに復活させました。

こうして音楽で成功したカニエは、プロデュース業で忙しくなり、大学を中退しました。

プロデュースだけでは満足できずラッパーへ

プロデューサーとして成功したカニエですがそれだけでは満足できずじまいでした。周囲も疑問に思ってしまうほどの成功の中で、さらにラッパーとしてのキャリアを目指すようになります。

この時期にカニエは居眠り運転で交通事故を起こし、死にかけたという体験もありました。それがカニエの人生に対する貪欲さに影響しているのかもしれません。

当時、カニエは本当に良いビートができたら、他のラッパーには渡さずに自分の作品のために確保していたといいます(笑)。

Ain't nobody expect Kanye to end up on top
They expected that College Dropout to drop and then flop
Then maybe he stop savin' all the good beats for himself

誰も俺のラッパーとしてのソロ曲がチャートのトップを取るなんて期待してなかった
あいつらは大学中退者(カレッジ・ドロップアウト)の作品がふるわないって期待してたのさ
そしたら、自分のために良いビートを確保しておくことをやめるかもしれないってね Kanye West - “Last Call”

Netflixで公開されている『デヴィッド・レターマン:今日のゲストは大スター』のジェイZのインタビューの中で(外部リンク)、ジェイZのレコーディング中なのに、カニエがみんなを止めて机の上に立ち、自分に才能があることを証明するためにラップをし始めたという思い出話が語られています。

「お願いだから机からおりてもらえる?」とジェイZが言うと「断る! 俺はシカゴの救世主だからだ!」と答えたようで、カニエの我の強さは昔から変わらないようです。

結果、カニエはラッパーとしても大成功を収め、デビューアルバムの『College Dropout』(意味:大学中退者)は、全米チャートで2位に食い込みます。 その後もカニエの快進撃は続き、得意のサンプリングによるビートづくりにオーケストラの生音を加えて高級感を増したセカンドアルバム『The Late Registration』(意味:遅れた履修登録)は全米チャートで1位を獲得。

当時人気の絶頂を迎えていたギャングスタラッパーの50centと発売日が被ったことや、大胆にDaft Punkをサンプリングした「Stronger」なども話題となったサードアルバム『Graduation』(意味:卒業)も全米チャートで見事1位を獲得します。

このデビューアルバムからの3部作が、一般的に「昔のカニエ」と呼ばれる時期の作品です。ソウルフルな温かさに満ちたサウンドが多いのが特徴です。

カニエの孤独な側面

ヒップホップをメインストリームに押し上げるのに大きな役割を果たしてきたカニエ。しかし、そんなカニエを待っていたのは孤独の時期でした。

2007年に、カニエ・ウエストの母親であるドンダ・ウエストが整形手術の合併症で亡くなります。さらに、2002年から長い間つきあってきたフィアンセのアレックス・ファイファーとの関係も解消してしまいます。

こうした背景から、作風が一変し、ダークで内省的な内容となったのが4作目のアルバムとなる『808s & Heartbreak』です。

My friend showed me pictures of his kids
And all I could show him was pictures of my cribs
He said his daughter got a brand new report card
And all I got was a brand new sports car, oh

俺の友だちが、子どもの写真を見せてくれた
俺が彼に見せられたのは、俺の豪邸の写真くらいだった
彼は、娘が新しい成績表をもらってきたと言っていた
俺が手に入れたのは、新品のスポーツカーくらいだった、あぁ Kanye West - “Welcome to Heartbreak”

また、2009年のMTVビデオ・ミュージック・アワード(VMA)の授賞式では、最優秀女性ビデオ賞を受賞したテイラー・スウィフトのスピーチ中に乱入。

テイラー・スウィフトからマイクを取り上げると「最優秀女性ビデオ賞にはビヨンセがふさわしかった」と発言し、スピーチを台無しにしてしまったことで、世間からバッシングを受けます。この珍事件を受けて、オバマ元大統領がオフレコ中にカニエを「間抜け」と呼んだことも話題になりました。

昔から自己中心的な性格や奔放な発言で物議を醸してきたカニエ。自己責任ではありますが、孤独な時期に世間のバッシングを受けたダメージは大きかったことでしょう。

しかし、こうした孤独の中で、カニエは自身のキャリアでも最高傑作のひとつと言える5枚目のアルバム『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』をつくりあげるのです。 『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』の完璧さについては、6枚目の『YEEZUS』をリリースしたときのBBC Radio 1で行われたインタビューでも自ら語っています。

俺は自分を停滞させないようにしてるんだ。
俺は完璧なアルバムは作れるんだって事は既に証明できたと思ってる。『My Beautiful Dark Fantasy』は完璧だった。俺は完璧なアルバムをつくる方法を知っているんだ。
だけど、今回はそれをやりたいんじゃなかった。
俺は整えられたレールをぶち壊して、新しい地盤をつくりたいんだ。音的にも社会や文化的にも。 BBC Radio 1でのインタビューより

その後、ジェイZとのコラボアルバム『Watch the Throne』、カニエが創立したレーベルGOOD Musicの仲間たちと流行の音に寄せてつくりあげた『Cruel Summer』をリリース。前者は全米チャートで1位、後者は2位を獲得しました。

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