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J.Coleを過小評価してないか? 最も賢く、偉大で、伝説的なラッパーの半生

J.Cole『KOD』/画像はすべてJ.ColeのFacebookより

どうも、RAq(@raq_reezy)です。『洋楽ラップを10倍楽しむマガジン』というnoteをやっています。

さて、連載5回目となる今回は、J.Coleについて紹介したいと思います。

彼はヒップホップとしては珍しい客演なしというスタイルによる3枚目のアルバム『KOD』を4月末にリリース。Spotifyでは、初日の最大再生回数記録を上書きするなど、その人気の高さを今年も見せつけたばかりです。

文:RAq 編集:ふじきりょうすけ

J.Coleを過小評価していないか?

J.Cole 洋楽のヒップホップが好きな方なら、「J.Coleくらい知っているよ」と思われるかもしれません。ですが、やはりJ.Coleは日本で過小評価されていると思います。

というのも、デビュー以来、5枚のアルバムはすべて全米チャートの1位を獲得。しかも、そのうち3枚は客演なし。

デビューアルバム以来7枚連続で全米チャート1位を記録しているドレイクをして「俺たちの世代で、最も賢く、最も偉大で、最も伝説的なアーティストだ」と言わしめた男──それがJ.Coleなのです。

アメリカでは一時期、“J.Cole went platinum with no features(J.Coleが客演なしでプラチナム・セールスを記録した)」というのがミームにもなりました(笑)。 ということで、まだJ.Coleを知らない方のためにも、ぜひ紹介したいと思います。

苦労人のJ.Cole、レーベルとの契約獲得までの道のり

J.Coleは、西ドイツのフランクフルトにあるアメリカ軍の基地で、アフリカン・アメリカンで軍人の父親と、ヨーロッパ系で白人の母親の間に生まれました。

しかし、父親が家族を捨てて離れてしまったため、母親はJ.Coleと兄弟を連れて、アメリカのノースカロライナ州で彼らを育てることとなります。母親は再婚しますが、その相手も浮気をするなど、万全とは言いづらい家庭環境の中で育ちました。 J.Cole2 J.Coleは好きなラッパーであった2Pacが亡くなったことに影響を受けてラップを始めます。15歳頃になると母親が買い与えたサンプラーで音楽製作に打ち込みはじめ、プロの道を意識するようになります。

当時はレーベルと契約してラジオで曲を流してもらわなければアーティストとして売れることは不可能な時代でした。生まれ育ったノースカロライナ州には力のあるレーベルがなかったため、J.Coleはレーベルとの契約を獲得することを目指して、ニューヨークの大学に進学します

インターネットがあったとはいえ、2000年代前半の当時はまだスマートフォンが普及しておらず、みんながSound CloudやYouTubeでミュージシャンから出された曲にダイレクトに繋がる時代ではありませんでした

「パソコンに詳しい人間が、インターネットに公開されたミックステープをダウンロードして、CDに焼いて、学校で違法販売しているような時代だった」とJ.Cole自身も振り返っています。

JAY-Zとの出会い

さて、問題の多かった家庭を離れてニューヨークで一人暮らしと大学生活を始めたJ.Cole。彼は大学生活の楽しさの中で、2年ほど完全に音楽活動を離れてしまったようです

しかし卒業が近づいてくると、自分がニューヨークに来た目的を思い出し、再び音楽に本腰を入れていきます。

そんなJ.Coleが光を浴びたのは、大学卒業から2年が経った2009年でした。

彼が公開したミックステープ『The Warm Up』はヒップホップシーンから好評価を獲得。
Jay-Z feat. J.Cole - A Star is Born
そしてJAY-Zのアルバム『The Blueprint 3』に収録されている「A Star is Born」に客演として参加します。さらに、様々なアーティストの楽曲への客演参加やツアーを敢行。

ミックステープ中の楽曲「Lights Please」で「光をあててほしい」と切なく歌っていたJ.Coleですが、さっそく光を浴びたのでした。 J.Cole3 J.Coleの当時からの魅力は、優れた描写力によるストーリーテリングと、本人がつくる温かみのあるサンプリングビートです。

当時、ツアーを回っている最中にヒップホップの生ける伝説であるナズと出会った際にも、ナズ本人からファンであると告げられたと歌詞に残しています。

Fast forward, who'd a thought that I would meet him on tour
I'm earnin' stripes now, a nigga got Adidas galore
Backstage I shook his hand, let 'em know that he's the man
When he said he was a fan it was too hard to understand

早送りしよう、俺が彼(ナズ)にツアーで会うなんて、誰が思っただろうか
俺も今ではお金を稼いでるし、Adidas Galoreだって買える
ステージ裏で、彼と握手をして、彼のことを尊敬していると伝えた
そしたら、彼は、俺の音楽のファンだって言うんだ、俺は状況を把握するのが難しかった J.Cole - “Let Nas Down”

ナズのポスターを部屋に貼っていたというJ.Coleにとっては、本当に嬉しい瞬間だったことでしょう。

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この記事へのコメント(1)

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ふじきりょうすけ 認証済みアカウント

今回は『KOD』が出る直前にRAqさんから「J.coleを総合的にきちんと書いた記事が日本語ではまだないですよね」とご提案いただいたことからはじまりました。デビュー以来5枚のアルバムがすべて全米チャートの1位を獲得している稀代のラッパーにもかかわらず、です。

実際、日本のレーベルサイトなどを見に行っても『ボーン・シナー』(2013)でリリースが止まっていることになっていたり、アーティスト写真すら掲載されていなかったりで本当に驚きます。時間があれば検索してみてください。

あとは記事を読んでいただければ一目瞭然なのですが、日記のように写実的なリリックを残すJ.coleだからこそ、どこから読んでもキュートさが溢れています。僕はこのリリックがグッときました。

When he said he was a fan it was too hard to understand
(そしたら、彼=NASは、俺の音楽のファンだって言うんだ、俺は状況を把握するのが難しかった)

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