【全632頁、重量3kg】pixiv10周年本という狂気(凶器)を創始者らが振り返る

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pixiv以前と以後

──pixiv以前と以後で、イラストにおいて何が変わったと思いますか?

虎硬 何もかも変わってるから、その質問は難しいですね……。

多分パラダイムが2つあって、1つがpixiv、もう1つがTwitterなんです。pixivは、個人サイトにはなかった「マイページ」という概念をイラストの世界にもたらした。

馬骨 そうですね。自分のページにいけば勝手に絵が流れてくるという、僕がつくろうとしていた世界ですね。 虎硬 さらに、「評価」と「ランキング」という概念が加わる。みんながある意味公平に評価され、クリエイターに順位がつく。

残酷な世界だし、僕を含め、ランキング制度に抵抗感のあった人は少なからずいました。でもだんだんと受け入れられてくるのですよね。上手い人にはモチベーションにもなるし、明らかに全体のレベルを底上げしたと思います。

2008年にはじまったTwitterはタイムラインという概念をイラストファンの間にもたらしました。pixivがマイページに対し、Twitterはタイムラインですね。

おそらくタイムラインという概念はインターネットを使い慣れてない方にとっては少し難しい。リツイートやフォロー機能なども理解するのに時間がかかる。そのせいか、2012年頃までのTwitterは今ほど盛り上がってませんよね。でも今はユーザーの学習が進み「Twitterでイラスト公開する方がたくさん見てくれるんじゃない?」という意識が多数になってるように思います。画像の閲覧や動画の生成もTwitterはどんどん快適になってます。昔はそもそも画像ツイートなんてできませんでしたからね。

絵を描く人はもちろん、絵を描かないけどアニメが好き、二次創作は描かないけど見るのは好きという人にまでイラストという文化を広げたのはpixiv。そして、アニメにも二次創作にも興味ないという層にも、「でも絵っていいものだよね」という漠然としたことに気づかせたのがTwitter。

──今、日本のTwitterでは、一昔前は想像できなかったほど、イラストや漫画がバズっていますよね。

虎硬 pixivがマイページという概念をつくってその土台を用意したからこそ、現在があるのは間違いないです。

僕が考えるpixivの良いところは、アーカイブ性だと思ってます。過去の投稿を掘り下げることはTwitterは適していない。1年前の投稿を遡るのも手間ですが、pixivには10年の蓄積があって、そのうちのどの作品にも容易にアクセスできる。

今後ともそうしたインフラを維持して、価値のあるものが保存される場所になってほしいと思ってます。

──なるほど。その結果、二次創作や漫画、キャラクター、背景、エッセイなど、当初は想定していない投稿が10年間で約6500万枚……ある意味カオスな状況ですが、pixivはそれに対してどういう意識で対応されているのですか?

馬骨 スタッフやエンジニアは頑張ってバランスをとっています。pixivが今もイラスト文化を盛り上げる器でいられているのは、彼らの頑張りでしかない。「創作活動を応援する」という堅牢なコンセプトがあるからかもしれません。 ──その時の「応援」には、どういうアクションがあるのでしょうか?

馬骨 場所がある、ということじゃないですかね。pixivというイラストを投稿/閲覧できる場所があり続けるということ。

──アーカイブできる場所であり続けるということですね。では逆に、pixivが生まれる前と今で変わらなかったことってありますか?

虎硬 絵描きは絵が好き。絵を人に見てもらうのが好き。僕はそう思います。

馬骨 僕もね、何回もやめたかったんですよ。絵を描くのを。それでも、どうしてもやめられなかった。それは今もです。

──変わらなかったのは、クリエイターのあふれる創作意欲だけだと。

虎硬 今、イラストが上手な人は短時間で人気者になれる時代になってます。Twitterでもフォロワアーが何万人もいる。けど、pixivがなかったら、いまだに「イラストはただのオタクの趣味」という価値観だったと思います。逆に言うと、雑誌がもっと生き残っていたかもしれないですね。少なくともイラスト雑誌は。

馬骨 そうですね。でも僕は逆に、pixivが生まれたのは必然だとも思っています。僕がつくらなくても、いつか誰かが(pixivのようなものを)つくっただろうなと。

パッケージにする価値と意味

──こうして見ると、pixiv初期から今も投稿し続けているクリエイターもいる一方、そこから離れていくクリエイターもいれば、逆に新しく参入するクリエイターもいます。pixivにおけるイラストレーターの世代交代を、お二人はどうご覧になっていますか?

虎硬 日本はより商業的になって、海外は逆にアート系になっている印象があります。かつて日本が発揮したイラストの表現力を、彼らは芸術的に昇華しようとしている気がするんです。

(左)虎硬さん(右)馬骨さん

──たしかに、商業性という意味では、pixivでの漫画文化の開花がその現象のひとつに感じますね。その後出版化やアニメ化といったメディアミックスが加速しています。

虎硬 クリエイターのレベルで言えば、RellaさんやArchlichさんはじめ、海外の方の才能は本当にヤバイです。

馬骨 日本のクリエイターも負けないでほしいとも思いますね。

虎硬 ただ、プロダクトレベルでヒットが出ているのは今のところ日本人ですね。ジブリ作品や『君の名は。』みたいなものはまだ出てないけど、中国のゲーム『アズールレーン』の例もあるし、近いうちに海外のクリエイターが凄いものをつくってきそうな予感はあります。というか、水面下ではすでに動いているでしょうね。

──アジアでもpixivのようなプラットフォームが最近かなり目立ってきていますよね。一方で、書籍をデザインされたBALCOLONY.の染谷さんが「結局、最強の保存メディアはWebではなく紙」とおっしゃっていたのが印象的でした(外部リンク)。

虎硬 今はデジタルとアナログが揺れてる時代だと思っていて。たとえば同人誌がそうだと思うんですが、pdf版を用意してもそんなには売れない。

そこで問われているのは、掲載されている情報がほしいのか、トータルのパッケージとして素材や質量、さらにそこから生まれるコミュニケーションとしてほしいのかということです。

つまり同人誌を即売会で買う行為そのものがユーザーの求める体験なのではないかと考えてます。コミケに行ってpixivでフォローしている作家さんのスペースに行き、お金を渡す。「いつも応援してます」というエールもあるかもしれないですね。ダウンロード販売ではまだそこまでの体験は得られませんね。

パッケージというのは、本というメディアそのものもそうですが、「コミケに行ってこのメディアにお金を払って作家から手渡しでもらってこちらもエールをおくる」という行為が多分まるっとパッケージになっていて、そこに価値が見出されています。しかも、同人誌の場合は増刷しないものも多く、そこでしか買えないかもしれない。

──特別な体験としてのパッケージということですね。10周年本でもそいった点は意識されたんですか?

編集 1年ごとのクリエイターをまとめたpixivの“年鑑”タイプは何冊か出しています。1年だったら並製本で3000円とかはあり得たかもしれません。ただ、10年をまとめるときに並製本という選択肢はなくて、今では滅多にできない上製本を選択しました。 虎硬 たしかに今実物を拝見して、物理的なインパクトに素直に感動してます。逆に紙でつくるんだったらこれぐらいやらないとっていうハードルが……(笑)。

どうせ紙の書籍にするならこれぐらいのものが見たい。The Designers Republicっていう、世界中のクリエイターにもかなり大きな影響を与えているイギリスのデザイナー集団がいて。彼らがつくっている本があるんですけど、1万円以上する。でもほしくて買ってしまう。こういった類いのアイテムだと思います。

──この書籍は電子化しないんでしょうか?

編集 今のところ予定はありません。

虎硬 それでいいと思います。ここまでの装丁だと、もはや造形作品としての価値がある。

馬骨 個人的には、pixiv社内の人にも持ってほしいですね(笑)。これからのpixivを担っているからこそ、彼らにも昔のpixivを知ってほしい。

──本当に、多様性に富んだ、日本のイラストレーションが凝縮されていますね。それまでの書籍やCDに紐付いた商業的なイラストやファインアートとしてのイラストだけではなく、ボカロ文化やラノベ、アニメ、漫画、ゲーム、エロといった多様なジャンルとその二次創作を支えたpixivやニコ動といったプラットフォームがあって、世界に類を見ないシーンになっていった経緯を振り返ることができました。今日はありがとうございました。
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