ミクを楽しく歌わせた「歌の先生」
──前田さんと同じように、アルバムの内容が発表されたときに困惑した人は多いと思います。アルバム制作の過程では、一体何が行われていたのでしょうか?佐々木 まず初音ミクやVOCALOID、UTAUは声波形を担当している声優や歌手、生身のアクターがいる。だからといって、本人が歌っているのに近い、というわけではありません。機械的な接続を使っているからです。
僕らはあくまでも、VOCALOIDの中に入る波形のかけらを録らせてもらっているだけで、それらが集まって、音になり、音楽になる。
波形自体は機械から生み出されているので、それを繋ぎ合わせて生まれた歌声は、人間味があまりないんです。でも、だからこそ作家それぞれの歌わせ方やメロディの「味」が出る。
──いわゆる無機質、無表情な歌声というのが、一般的なVOCALOIDの特徴でもありますね。
佐々木 小林幸子さんのVOCALOIDなど例外もありますが、ほとんどがそうです。でも今回のアルバムには、「初音ミクをよりいつもより楽しそうに歌わせる」というコンセプトがありました。少しオーバーなミュージカル的な感じです。
でもトークパートには、藤田さんのしゃべりがある前提でしたので、歌だけ無機質なのは良くない。
そこで、前田さんとは、話し合いながら初音ミクや重音テトが感動的に歌うためのお手本データを録音させて頂き、結果を確認しながら進めました。だから「ミクに歌を教えてくれている歌の先生」なんです。
前田 それで収録のときに、「笑いながら歌って」とか、「泣くような気分で歌って」という指示があったんですね。
佐々木 あれ、説明しませんでしたっけ?(笑)
──今回、「初音ミク」を今までと違う風に歌わせたのはなぜでしょうか?
佐々木 それこそタイミングですね。もともとVOCALOIDには、人の写実的な歌声のような音量の動きや、口の動きなどを転写する技術があります。その技術を発展させたいというタイミングと、今回の提案をいただいた時期が一緒だったんです。 佐々木 クリプトン・フューチャー・メディアとしても新しい試みだったので、方法論として正解がない状態。だから制作中は、その都度データを解析して「これは良い」「これはダメ」と、実験的な進め方をしていました。
前田さんに頼んだ理由は表現力と、声の表情のなだらかな丸みですね。今のテクノロジーだと声質に一定の丸みが必要なんです。
前田 私も収録しながら、どんな状況で進められていたのか気になってたんです……!
佐々木 僕らのほうでも、ソフトを開発しながら制作していたんですよ。声の成分を混ぜたり、特徴量を相対的に抜き出す、声を輪切りにしてスピードを合わせたり、コントロールするんです。
初音ミクに歌を教えるという大役
──ユーザーやファンによって、キャラクターとして育成された初音ミクのお手本を担当する。とてもハードルの高い注文に思えますが、前田さんはどのような気持ちでレコーディングに臨んだんでしょうか?前田 ミクさんが登場した当時、私はまだ高校生くらい。その頃からいろいろなボカロPの方々の曲を聴いていました。
声優になってからも、あくまでも自分は一視聴者で、まさかミクさんと関わることになるとは思っていませんでした。初音ミクという存在はすごく大きくて、自分の役割としても恐れ多いです。
佐々木 前田さんには、ミクが「ドン・キホーテ」のテーマ曲を歌ったときから協力してもらっているんです。曲調がメタルだったので、ミクが歌うだけだと味気なかったので、前田さんに歌ってもらったものをお手本にさせてもらいました。
やっぱり、ミクさんの無機質で不器用な感じの歌が好きっていう人は多いと思うんです。
「ミクさんに表情豊かな歌声を入れてください」と言われて、もちろん全力は注ぎますけど、それが皆さんに受け入れてもらえるのか、心配な部分はあります。 辻 その悩みはあって当然ですよね。
佐々木 僕としては「前田さんに初音ミクの歌を、時に楽しく、時に感傷的に歌ってもらった」なんですけど、それが果たしてミクを演じることなのかというと、必ずしもイコールではない。もっと言うと、まだ誰にも判断がつかない領域なのかなと。
──実験的な試みであると同時に、新たなトライでもありますからね。
前田 でも今回、私が担当するにあたって、佐々木さんから言われたんです。「喜びや悲しみ、川のせせらぎ、そよぐ風──その風景や感情を知らず、人間のようには気持ちを表せないミクに、少しでも何か、この世界を知るための手がかりを教えてあげたいんです」って。
一同 (笑)。
佐々木 そんなこと言ってましたっけ? 「ハジメテノオト」の歌詞みたいなことを、リアルに言ってたの? メンヘラ気質のヤバい人ですね!
前田 まるで小説のような美しい言葉と、暖かな親心に私はいたく感動して「歌ってみよう」と決心したんですよ!
初音ミクは設定されている部分がほとんどない
──辻さんは初音ミクのことはもともとご存知だったんですか?辻 僕は「MMD杯」※の審査員をやったこともあるので、映像も含めて、以前からミクちゃんを目にする機会は多かったんですよ。
※MMD杯:フリーソフト「MikuMikuDance」(およびその派生ソフト)を使った動画のコンテスト。「大回転おにぎり」は第13回MMD杯で辻真先賞を獲得した作品。
佐々木 2007年の誕生から、曲や動画を通じて、ファンが「初音ミクとは?」を考えていく過程で、辻さんのような方にも知っていただけた。そう思うと感慨深いですね。
──辻さんはトークも含めた全体のストーリー構成を担当されていますが、初音ミクの脚本を書くという作業はいかがでしたでしょうか?
辻 勉強になりましたね。僕はセリフを書くにあたって、「このキャラクターはこういう性格だから……」と、脚本を考えていくんです。
以前から「千本桜」や他の曲を聴いていたんですけど、ミクちゃんにはキャラクターとして設定されている部分がほとんどないということを、今回初めて知りました。
佐々木 そうなんです。だからこそ、それぞれのファンが自身の初音ミク像を持っている。 辻 書く側として、「それ、どうしようかな!?」と考えました(笑)。でも、16歳という年齢は決まっていたり、完全に設定がないとは言い切れないわけですよ。だから元素記号や化学式をイメージしていました。
例えば、まっさらなH2O(蒸留水)ではなく、富士山の伏流水、ミネラルウォーターくらいのイメージで設定を感じればいいのかな? とか。それだったら、ファンの人が甘くも辛くも解釈できるかな? とか。そういう感じで書いちゃったんですけど(笑)。
佐々木 ありがとうございます。ミクの場合、キャラクターでありながらも、実際は波形であり、空気を伝わる音波なんです。辻さんがおっしゃった「式」みたいなものであるということを、ファンが認識しつつ楽しんでいる部分はありますから。
辻 それにしてもすごいなぁ。僕が子供の頃は、そういう楽屋裏のことなんて、まったく意識していませんでしたから。やっぱりミクちゃんの16歳って、85歳の僕とは全然世代が違うな、孫より若いんだもん(笑)。
──アルバム中で、辻さんと初音ミクが会話するパートもあります。その部分もご自身で脚本を書かれていらっしゃいますが、話してみた感想を教えてください。
辻 1人2役やっている感じですよ。インタビュアーであるミクちゃんのセリフも自分で書いてるわけだから。
収録時は丁々発止で喋ればいいと思ってたんですけど、実際は収録したあとで声を加工するから、セリフに少し間を空けないといけない。でも間が空くとセリフが死んじゃうし……これは難しいなと。
前田 いやいや、すごくよかったですよ! 辻先生が登場するシーンはめちゃくちゃ面白くて、特に笑っちゃいました。
辻 次はもっとうまくやりますね。
前田 早くも次回作のお話しが(笑)。
──(笑)。辻さんや前田さんとの会話を通して、初音ミクがナビゲーターとして、曲紹介やゲストトークを展開しているのは新鮮でした。ミクによる会話というのは、初めてのケースなんでしょうか?
佐々木 ひとつのCDとして、作品になるのは今回が初ですね。去年くらいから、イベントなどでは藤田さんがしゃべったことをミクに加工変換するということをやっていて、その延長として取り入れました。
ただ、そもそもの発端は、2015年の安室奈美恵さんとのコラボレーションなんです。
辻 また波形からはじまるんだ! たまんない世界だなぁ……。
2件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:1140)
辻先生、かわいすぎでは??
匿名ハッコウくん(ID:1137)
辻さんがすごくおちゃめなんですよね。