43

最新ニュースを受け取る

『ガーリッシュナンバー』が描く汚い/純粋なコミュニケーション 渡航は幻想を信じない

画像は『ガーリッシュ ナンバー』第1巻[Blu-ray]

金、人気、顔のない無数の人々によって大量に消費されるアイコン。そういったものを全面に押し出したアイドル声優アニメ『ガーリッシュナンバー』が今期放映されている。

本作はおなじアニメ業界を題材にしたアニメ『SHIROBAKO』と比べられ「汚いSHIROBAKO」とネットで度々言及されている。

この「汚い」という形容は、『SHIROBAKO』がアニメ制作会社の業務に焦点をあて、「良いものをつくる」という道徳的なリアリズムに徹し、大団円を迎える作品であったのに対し、本作は作品のクオリティよりもいかに金を生み出すか、つまり「アニメ業界の金の流れ」や「いかに“商品”を効率的に大衆に消費させるか」に焦点があてられていることを指している。

ここでいう“商品”とは、アニメ作品であり、そして声優のことでもある

リアリティのつくりかたは様々にある。『ガーリッシュナンバー』では、理想や耳触りのいい言葉だけではなく、ときどき黒い現実を見せつけることで世界の真実味を帯びさせるという手法が採用される。もちろん、こういった「邪道的な」やりかたは、なにもこの作品だけの特色ではない。

原作者の渡航は、コミュニケーションに現れる共感などの「表面的な心地よさ」に対して、徹底的に懐疑的な態度をとる。出世作となった『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』では、「共感なんて嘘くさい」というスタンスを主人公に取らせることで、一周回って多くの共感を得た。

『ガーリッシュナンバー』も一言でいえば「性格が悪い」主人公が活躍している作品なのだが、ここでは業界の消費構造がやや過剰に描かれながら、声優と大衆のコミュニケーションのありかたもまたあぶりだされているのが最大の特徴だ。

文:若布酒まちゃひこ

好意の裏側を読みすぎる渡航『俺ガイル』が希求するコミュニケーション

rere81lmNVaICOL._SL1500_

渡航は、2013年にアニメ化され、「このライトノベルがすごい!」では2014年から2016年の三連覇を果たした作品『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』(以下『俺ガイル』)で人気作家となった。

『俺ガイル』は、とある千葉の進学校の奉仕部という、いわゆる「なんでも屋」を部活を舞台とした物語だ。ぼっちで若干人間不信の性悪説な主人公・比企谷八幡、そしてなにをやっても完璧なゆえに周囲に溶け込めない雪ノ下雪乃が、日常生活における「本音と建前」をあぶり出していく

雪乃は問題の根本からの排除と王道的な完全解決を目指すが、八幡はそうではなく「問題の回避」という邪道的な手法を用いる。八幡が選択する手法の後味は悪い。しかし、その後味の悪さが、依頼者、ひいては奉仕部をとりまく人間関係の皮肉となっていることがこの作品の特色となっている。

不必要な衝突は避けたい。そのため空気を読み、じぶんが本当に思っていることを押し殺す。そういうことをグループの皆が行うことで、表面上は居心地のよい環境をとりあえずはつくり出すことができるけれども、それが長く続くことで居心地の良さは息苦しさに変わってしまう。

人の好意(行為)には裏がある

物事の「偽善」に意識を張りすぎることで、幻想として安易に消費されるようなうすっぺらい関係性とは無縁になるけれども、『俺ガイル』の世界で描かれるのは悪意という幻想だ。

『俺ガイル』では、八幡は他人の行動の理由をかなり細かく観察し、分析する。そして性悪論者の彼にしてみれば、他人が自分ないしだれかに優しくするのは、なんらかの負い目があるからだと解釈している。このある種の偏執狂的な信念が、奉仕部内の人間関係をもこじらせてしまう。

たとえば主軸となるエピソードに、八幡の高校入学当初の交通事故の話がある。犬を助けて車にひかれてしまった八幡は、ひょんなことからその犬の飼い主が同じ奉仕部の由比ヶ浜由依であることを知る。そのことによって、八幡は「由依が好意的に接してくれる理由は、事故に負い目を感じているからだ」と思いこみ、二人はすれちがってしまう。

由依はもともと人間関係のこじれを恐れ「必要以上に場の空気を読んでしまう」性格だったために、八幡は彼女の好意に裏があると思った。しかし、由依にしてみれば交通事故の埋め合わせなど考えもしていなかった。

このように、八幡は、日常で何気なくなされる「空気を読む」ことで得られる表面上の見せかけの居心地の良さを過剰に疑うあまり、そこにありもしない「幻想の悪意」を見てしまう

自分が本当に思ったり感じたりしたことを押し殺し「空気を読んで」得られた環境も、「空気を読む」ことを前提にした思考で他人を疑うあまりありもしないものをねつ造して生じる気まずさも、どっちもホンモノなどではない。

「共感というものが嘘くさい」と作中で示すことで、単なるキャラへの共感以上の、ねじ曲がった共感を得ることができているのである。

『俺ガイル』という作品の優れたところは、このように見かけはほんのささいなことに対して幾層の視点を与え、複雑な人間模様を描いている点にある。

上述の交通事故を起点にして、話が進むにつれて奉仕部全体の人間関係がギクシャクするが、やがて八幡が「それでも俺は本物がほしい」という言葉を口にする。この「本物」、すなわち「探り合いや貸借りのない純粋なコミュニケーション」というシンプルな答えこそ、八幡、そしてこの物語自体が探しているものだった。

1
2

こんな記事も読まれています

関連キーフレーズ

「ガーリッシュナンバー」を編集する

キーフレーズの編集には新規登録またはログインが必要です。

この記事をツイート 21

KAI-YOUをフォローして
最新情報をチェック!

この記事へのコメント(0)

SNSにも投稿する

twitter_flag facebook_flag

コメントを削除します。
よろしいですか?

ページトップへ