Review

  • 2021.08.13

『誰が音楽をタダにした?』レビュー 巨大産業をぶっ潰した者の正体

なぜ、無料なのか? その答えの一つが本書には記録されている。海賊版が横行したネット黎明期を振り返りながら。

※本稿は、「KAI-YOU.net」にて2016年に配信された記事を再構成して掲載したもの

『誰が音楽をタダにした?』レビュー 巨大産業をぶっ潰した者の正体

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世界で起きているニュースを読むこと、SNSやブログに自分の意見を投稿すること、YouTubeで音楽を聴くこと。それらは現在、すべて無料だ。

でも、なんで無料なんだろう?」こんな疑問も生まれないほど、現在の世界は無料であふれている。

誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット著/関美和訳/早川書房)は、タイトル通り、著者のスティーヴン・ウィットが徹底的な取材と5年近くもの歳月をかけて、音楽が無料になった経緯を追ったノンフィクションである。

なぜ音楽は無料になったのか? その真相を突き止める

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本書『誰が音楽をタダにした?』の冒頭で、著者は自身を「海賊版の世代だ」と語る。彼は、海賊版音源をネットで収集しては、ハードディスクをパンパンにして膨大なライブラリを築きあげていた。

そんなある日、「この音楽って、いったいどこから来てるんだろう」と、ふとした疑問が浮かび、著者はこの問題を調べることにしたという。何万枚もの資料をめくり、何十人と取材を敢行するうちに、今まで誰にも知られず、本当のことが語られることもなかった音楽が無料化した経緯を解き明かすことに成功した。

調査の過程で出会ったのは、MP3を創始した無名のドイツ人技術者たちや、スティーヴィー・ニックスからテイラー・スウィフトまで、ここ40年間に現れたすべての大物アーティストに何らかの形で関わっていた音楽業界の伝説的エグゼクティブ。さらにはインターネット上で音楽をリークし続けた「シーン」と呼ばれるグループのなかで、史上最強の「一次感染源」となった工場労働者

『誰が音楽をタダにした?』では、この3者の物語を中心に、1970年から続くデータ圧縮の技術開発競争やインターネットが普及していく歴史、リークの犯人を追うFBI、音楽レーベルによる著作権保護訴訟などが複雑に絡み合い、無料の音楽であふれかえった現在へと向かって驚くべき事実が明かされていく。

史実が生み出した謎を追うエンタメ本の傑作

この作品は、安易にネタバレをすることの危険性を孕んでいる。なぜならば、本書には謎解きの面白さがあるからだ。

MP3が高効率なデータ圧縮を可能にした。じゃあ、なんで音楽が無料になるんだ?

インターネット上の音源リークは組織的に行われていた。じゃあ、どうやって発売前のCDを手に入れるんだ?

そんな疑問について、まるで推理小説でトリックを解明したり、犯人に目星をつけたりするかのように、考えながら読み進めることができる。そこから生まれる楽しみや「そうだったのか!」と思わず膝を打ってしまう気付きを奪ってしまうのは、端的に言って罪だ。

そして何よりも、3人の主人公たちの視点や時間軸が章ごとに混ざり合い、時には撹拌され、やがてひとつの答えに向かうという演出は、ノンフィクションでありながら滅法面白いエンターテイメントとしての要件も満たしているからである。

それは下手な映画や小説より何倍も面白くて衝撃的であり、史実/事実であることがよりその強度を増している。

さらに手強いのは、ネタバレ厳禁といえども誰かに話したくなるような小ネタがたくさん含まれている点だ。

世界ではじめてMP3音源になった楽曲のことや、絶妙なスティーブ・ジョブズの登場タイミング。断絶しがちなジャンルや時代を一気通貫で描き出した音楽業界の栄枯盛衰など、ネタの宝庫なのである。

しかし、上述した理由からこれ以上のネタバレは避けねばなるまい。では、どんなやり口で話を進めよう。

さきほど、「著者は海賊版の世代である」と書いた。本作はその独白からはじまる。

なので書評としては少々珍味だが、筆者も少し独白してみたい。なぜなら、筆者も海賊版音源時代の生き残りだからだ。

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