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【動画連動】「CDを積む」のが正義ではなかった90年代アイドルの現場
「ライブアイドル」あるいは「地下アイドル」と呼ばれるアイドルは、そもそもどんな存在なのだろうか?

それは、大きな事務所とメジャーレコード会社に所属し、テレビの歌番組に出演しているような旧来のアイドル像とは大きく異なる、ライブ活動をメインとしているアイドルたちのことだ。

AKB48ももいろクローバーZでんぱ組.incがブレイクした後の、現在のアイドルブームについてはすでに多くが語られている。

しかし、それ以前にも脈々とライブアイドルのシーンが存在したことは忘れてはならない。そこに私たちの喜怒哀楽はあった。

YouTube上の動画メディア「lute/ルーテ」にて「lute meets idol」と題した3本の動画が公開される。そこに映し出されるのは、これまでのアイドル像からは全く想像できない自由な表現を行うライブアイドルたちだ。
そんなライブアイドルシーンを「ライブ」「作曲」「プロデュース」という角度から迫っていくこの動画連載。KAI-YOU.netでは、luteと連動し、アイドル文化にも造詣の深い音楽評論家・宗像明将氏とともに、彼女たちがどのようにして激しいライブシーンをつくり上げてきたのかを、歴史を紐ときながら3回に渡って追っていく。
KAI-YOU編集部

text by 宗像明将

アイドル像に縛られない現在のライブアイドルたち

lute meets idol Episode 1

今回、「lute」で公開された動画には、おやすみホログラム、むすびズム、生ハムと焼うどん、せのしすたぁ、校庭カメラガール(現:校庭カメラガールツヴァイ)、Stereo Tokyo、PassCode、BELLRING少女ハートといったアイドルが登場する。

2016年3月当時には現役女子高生ユニットだった生ハムと焼うどんが、いまだ全国流通盤CDをリリースしていないながら赤坂BLITZでワンマンライブを成功させたことは記憶に新しい。BELLRING少女ハートは、ライブハウスの匂いを強く感じさせながら、動員を保ち続けているグループだ。

2016年はライブアイドルシーンから、BiSHバンドじゃないもん!、妄想キャリブレーションなどがメジャーデビューしていく。バンドじゃないもん!は2度目のメジャーデビューだ。

私が初めてアイドルのライブに行ったのは1999年のことだが、それは広末涼子の武道館公演という大規模なものだった。ライブに足しげく通う「現場系」のスタイルになったのは、ソニンの東京公演に行くようになった頃からだが、今考えると現場の数が少なかったし、そもそも当時のソニンはすでにメジャーな存在だった。
 
その後「地下現場」と呼ばれるような場所に初めて私が足を踏み入れたのは、2005年に行った姉妹デュオ・toutouのリリースイベントだ。石丸電気SOFT 2でのイベントで、CDを複数枚買うとチェキが撮れるというシステムに初めて遭遇した日でもある。私がライブに行き始めた2006年のPerfumeの現場は、まだまだ牧歌的な雰囲気だったことも思い出す。

ならば、それ以前のライブアイドルとはどういうものだったのだろうか。

今につながるライブアイドルの原点はどこにある?

当時の状況をすべて把握することは非常に困難だ。ここでは、『グループアイドル進化論』(岡島紳士氏との共著)で知られる編集者/ライターの岡田康宏氏に話を聞くことにした。

以前から彼には、まだまだアイドル現場の少なかった時代から、現在の地下アイドル的な活動をしていた、制服向上委員会のライブに行っていたという話を聞いていたのだ。

制服向上委員会/画像は公式Webサイトより

現在の制服向上委員会/画像は公式Webサイトより

「僕は1995年にいきなり制服向上委員会へ行っているんです。『Quick Japan』でライターの金井覚さんが『外道』(制服向上委員会の一部ファン)が暴れまわっていることを書いていて、行ってみたら普通にハマって(笑)。

僕が行ったときには外道ももう下火であまり危ない目には遭ってないですね。たくさんおじさんたちがいて、ちょこちょこ歌謡曲研究会の大学生がいるような普通のオタ現場でした。おニャン子クラブから現場に残っていて卒業できない人たちの世界で、いい会社に勤めていてお金を持っている人が多かったです。

制服向上委員会は毎週土日に2公演ずつあって、オフィシャルのライブビデオも売っていて。しかもファンのミニコミも、事務所の許可を取ったメンバーのインタビューが載ったものから、勝手にメンバーの家に行っているものまで売られていて(笑)」

アイドルバビロン—外道の王国/画像はAmazon.co.jpより

当時の外道に関する赤裸々なルポルタージュとして知られる『アイドルバビロン—外道の王国』/画像はAmazon.co.jpより

私も同じ時期に『Quick Japan』で金井覚による記事を読んでおり、1996年に発売された彼の著書『アイドルバビロン—外道の王国』も買っていた。

しかし、荒れた現場としてメディアに取り上げられた頃には、実際の現場は落ち着いてきていたという。そこには、現在では「接触」と呼ばれるような握手会などの特典会はあったのだろうか。

「一応ありましたね。握手会はあったし、ライブがないときはファンクラブのイベントでピクニックや運動会、バスツアーやデモ行進もしました。デモのテーマはいじめ追放や環境問題でしたね。フットサルもやっていて、要はありとあらゆることをしていたんですよ。事務所のレッスンルームを使った小さなイベントもあって、制服向上委員会を見ているだけで週末が埋まっていました。僕は4、5年行ってたんじゃないかな」

長期間ファンをしていると、現場を去るタイミングを逸しそうなものだ。岡田康宏氏はどうして現場を離れたのだろうか。

「推しの秋山文香さんがスターダストにスカウトされて卒業したから、『Harajukuロンチャーズ』(スターダストプロモーションのタレントが出演していたBS朝日の番組)に行って。そこに沢尻エリカさんや、その後ももいろクローバーのマネージャーになる川上アキラさんがいたんです。

当時は地下アイドルオタクがそんなにいなくて、Harajukuロンチャーズにはオタクが10人ぐらいしかいなかったんです。しかも、原宿のスタジオで生放送を外から見られるだけで、接触はないんですよ。

でも、女の子のクオリティも高くて面白かったんです。あの番組に出ていたこじはる(小嶋陽菜)や浦絵理香(浦えりか)さん、河内沙和(SAWA)ちゃん、杉原あんり(杉原杏璃)さんはまだ現役ですね。

ももいろクローバーも、Harajukuロンチャーズの『気分はSuper Girl!』をカバーしているというので見に行ったんですよ」
ももいろクローバー ♪ 気分はSuper Girl! ♪(2010)

90年代を盛り上げたもう1組のライブアイドル

ライブアイドルの歴史を語るとき、1990年からスタートし篠原涼子が所属していたことでも知られる東京パフォーマンスドールの名前もよく挙がるが、岡田康宏氏の目にはどう映っていたのだろうか。

「東京パフォーマンスドールは見てないんです。制服向上委員会より結成は2年早くて、武道館公演まで行ってるんですよね。東京パフォーマンスドールはちゃんとしてるんですよ。

制服向上委員会も最初は篠山紀信が撮ったりと、メジャーな存在だったんだけど徐々にインディーズになっていて。僕が行った頃にはこまばエミナースで500人ぐらいを相手にやっていました。制服向上委員会は『地下アイドルの原型』みたいな感じなんです」

東京パフォーマンスドール/画像は公式Webサイトより

2013年から新たに始動した東京パフォーマンスドール/画像は公式Webサイトより

制服向上委員会と東京パフォーマンスドール。どちらも休止期間を経てメンバーを変えながら、現在もその名が残るアイドルだが、岡田康宏氏はその2組をどう振り返るのだろうか。

「歴史を振り返るときには東京パフォーマンスドールのほうが語りやすいけれど、今のシーンに影響を与えているのは制服向上委員会だと思っています。モーニング娘。が始まったときに、ナインティナインの岡村さんが『制服向上委員会じゃん』みたいなことを言ったんですよね」

オタクたちにも変化がある?

また、1990年代から現在までの地下現場の変化について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「昔って、お金を使わないオタクが偉かったんです。『一工夫して面白い奴が偉い』っていう風潮があって、今のように『お金を使った奴が偉い』という文化ではなかったと思います。制服向上委員会では、握手はあるけど何度も列に並びなおすループはなくて、そこで面白いことをできる奴が『強い』となっていたんです。

僕は地下でも特殊なルートで、2003年から『スウィートドーナッツ』キャンペーン終盤のPerfumeに行ってるんです。当時のPerfumeも物販列に繰り返し並ぶというループの概念がなかったですよね。毎回数人が最前に行って、複数枚を買って、握手していたけれど、少数派だったんですよ。

それをひっくり返したのがAKB48で、あそこから『積んだ奴が偉い』という風潮になったんです」

前述したように私は2005年からtoutouを見るようになるが、彼女たちはChu!☆LipsやFeamを中心とした地下アイドルイベント「アイドルステーション」によく出演していた。そして、Chu!☆Lipsに先行していたピカピカの存在も、当時を語る上では重要だと岡田康宏氏は言う。

ピカピカ~六本木ルイードワンマンライブ

「ピカピカはChu!☆Lipsの原型ですよね。オタ芸とサブカルが混ざっていて、ピコピコした音楽で、元ネタがいろいろ入っていて」

2005年から2011年まで活動したChu!☆Lipsは、2000年代の地下アイドルシーンを語るときに欠かすことのできない存在だ。「アイドルステーション」というひとつのシーンの中核であり、彼女たちのファンである「チュッパー」の圧倒的なクリエイティヴィティの高さは、後のオタクたちに強い影響を及ぼすことになる。チュッパーの背中を見てきたひとりが私だ。

ならば、そのChu!☆Lipsの原型と言われるピカピカについて詳しく知る人に話を聞きたい。そう考えてダメ元で取材をお願いしたある人物から、まさかの快諾をもらうことができた。

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【動画連動】今、アイドル現場では何が起きているのか? インディーズに見る可能性
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